汗握れど主導権握れず
時間の割合は前回の方が長いんですが、濃さは同じくらいになりました。
「でやぁいっ!!」
川久保に張りつかれながら、剣崎が強引にシュートを打つ。しかしコース度外視の一発に、キーパー友成も微動だにせず、明後日の方向に飛ぶボールを見送るだけだ。
先制点を挙げた剣崎ら紅軍だったが、ゲームの主導権は握れない。手に汗握る惜しい展開を作るのだが、それでも白軍は冷静さを保つ。かといってビハインドを背負う白軍も、その冷静さを活かして鋭利なカウンター攻撃を披露するが、天野を中心とした紅軍のディフェンス陣もなかなか堅固。それで得たコーナーキックのチャンスにも、大森、バゼルビッチの両センターバックから制空権を奪えずにいた。
ゲームの主導権は「宙に浮いている」という表現がしっくりきた。
「うーん…なかなか流れが変わらんなあ」
白軍を率いる竹内貴久コーチは、もどかしい展開に気を揉んでいた。
(せっかくカウンターに持ち込んでも、前線にスピードがないから効果が薄い。…小宮もイラついてるしなあ…)
竹内コーチの懸念は、小宮のモチベーションであった。白軍の心臓と言っていい小宮か、カウンターの機転としてよく効いていたのだが、前に運ぶほどスピードが鈍る味方の攻めに、明らかにイラついたムードを醸し出していた。ボランチでコンビを組むチョンが何度となくたしなめてはいたが、それを右から左に聞き流しつつあった。
(しかし小宮以外に展開を動かせる選手もいない。前線に変化をつけて揺さぶりをかけるか…)「矢神っ!」
頭で思考を巡らせた竹内コーチは、矢神を呼んだ。呼ばれた若きストライカーは、威勢よい返事でコーチのもとへ向かった。
(絶対ゴール決めて、逆転でスタメンとってやるっ!!)
竹内の技術と剣崎の意欲を併せ持つ、和歌山ユースの最高傑作の眼は、既にぎらついていた。
一方で、前半終了まであと5分足らずの時間で交代を余儀なくされた野口は、顔にこそあまり出なかったが、唇を震わせてうなだれながら矢神とタッチしてピッチを後にした。手を叩き、味方を鼓舞しながらピッチに入る後輩の姿が、自分に対する不甲斐なさをさらに際立たせた。
(…何やってんだよ俺。おんなじこと繰り返して、前半で下げられて…クソッ)
ビブスを捲って顔を覆う野口。自分の不甲斐なさにくれる彼を、バドマン監督は呼び止めた。
「前半で下げられることはプレイヤーにとって屈辱以外の何物でもない。今の君の心中は、察するに有り余る」
「…すいません」
「悔しさにはしっかり浸り、また気持ち新たに戦いたまえ。君には義務があるのだから」
「…義務、ですか?」
指揮官の言葉を理解しかね、野口は顔を上げる。
「君は、自分の力を試したい。プレイヤーとしての本能にしたがって愛するクラブから旅に出たのだ。だから君にはスケールアップして帰還する義務がある。君自信、そのつもりはあるのだろう?」
「もちろんです。変わらずに帰ったら、送り出してくれたクラブに申し訳ないですから」
「ならば、早く立ち直ることだ。剣崎たちとは違い、君は一年間と時間が決まっている。気持ちを切り替え、今ピッチで起こっていることを真剣に盗みたまえ」
「…はい!」
さて、ピッチ上はというと、明らかに白軍が流れをつかんでいた。竹内コーチの目論見通り、矢神が入ったことでカウンターの破壊力が増した。鶴岡の1トップに佐川と矢神が2シャドーという陣形になってから、鶴岡はタメを作ったりヘディングでボールを散らしたりとサポートに徹底。矢神の勢いに佐川も乗り、小宮から始まる攻撃にメリハリがついた。ここで紅軍のアキレス腱となったのがソンの守備力だ。対人戦の強さや瞬発力はあったが攻める気持ちが強すぎるため、ソンがオーバーラップするたびにそこにスペースを作った。長山がその穴埋めのために帰陣を繰り返したが、関原との競り合いでパワー負けすることが多かった。
(明らかに流れは向こう。いつゴールとられてもおかしくない。何とか前半はリードを保ちたい。とりあえず応急処置だ)
松本コーチも、前半終了寸前にカードを切る。まず長山に代えて江川を投入。そしてボランチの内村を最終ラインに下げ、猪口・江川がダブルボランチに。ソンと桐嶋を一列前に上げ、ディフェンスの陣形を3バックに変えた。
その直後、前半のラストプレー。白軍のコーナーキック。ゴール前には実に22人の選手が芋を洗うようにひしめき合っていた。
関原が蹴り上げ、そのひしめきがさらに激しくなった。誰に当たったかわからないが、とにかくボールはゴールから離れた方向にそれていく。それを抜け目なく狙う奴がいた。小宮ではない。友成だった。
だがそこはユースのころから切磋琢磨した天野。狙いすまされたコントロールショットを、冷静にキャッチ。ここで前半が終わった。
「はあ。なんとか前半凌ぎましたね」
「んだな。松本さんの心配も杞憂ですんだ。後半の入り大事だぞ、大輔」
終盤の猛攻を耐え抜いて安堵する天野に、内村は同調しながら引き締めた。
「おいっ、矢神…だっけ?」
「何すか?コミさん」
引き上げる途中、矢神は小宮に飛び止められた。小宮は表情を崩して肩を組んできた。
「てめえなかなか見込みあるな。たった数分だが、てめえのお陰でまともに攻めれた。誉めてやるぜ」
「う、ウスッ!あざっすっ」
「後半、集中してやれよ。お前を中心に攻撃をお膳立てしてやるからな。必ず同点にしてこい」
「ハイっ!」
自分に絶対の自信を持つ者同士の共鳴。白軍のメンバーは、小宮が人を誉めている時点で驚いていたが。
なんか野口、まだ苦労話しか書いてない。沼田さん、怒らないでね(笑)