サッカーは代表を中心に「回されている」
「史上最強」「勝機はある」「目指すは過去最高」
マスコミたちにあれだけ祭り上げれたブラジルW杯日本代表。結果は1分2敗。2得点6失点という無様な成績でグループリーグで散った。当然続投の目などあるはずもなく、帰国前に現代表監督は退任が決まった。
ただ9月には早くも新代表の試合が予定されているために、後任選びは可及的速やかに行われていた。
7月。その候補の一人のもとに、日本代表の強化委員の主だった面々が訪れて、頭を下げていた。しかし、候補の関係者は、しつこく頭を下げる相手に対し語気を強めた。
「ダメだと言ったらダメですっ!監督との契約はまだ残ってるし、第一今はシーズン中だ。いくら急いでいると言っても、現役のJクラブ監督にオファーを出すなんて…非常識すぎる」
「非常識なのは重々承知している。だが、我々は最大限の誠意を尽くすつもりだ。スムーズな世代交代の実現と攻撃的サッカーの構築、なにより代表スタッフとしての経験もある。日本代表のためと思って、バドマン監督を日本代表にいただけないだろうか…今石GM」
「その考えが傲慢なんですよっ、原田強化委員長!ドイツの後もそんなことして千葉と揉めたでしょうが。Jで結果残してるからって、安易な引き抜きに走られたらクラブは監督を連れてこられなくなりますよ!?」
年齢も実績も格上の人物に対して、今石は臆することなく怒鳴った。いくら大義名分があっても、だからと言って1クラブの強化プランが犠牲になって良いわけでもない。選手と違い、監督が引き抜かれると、今度はクラブが監督人事に悩まされるのである。
アガーラ和歌山に強化委員がコンタクトをとり始めたのは、敗退が決まったコロンビア戦の直後から。にべなく相手にせずにいたが、強化の最高責任者が直々に来たとあっては会わない訳にもいかない。しかし、和歌山の意志としてバドマン監督の引き止めは拒否の姿勢を示し続けた。
熱くなっている今石をなだめながら、バドマン監督も思いを口にした。
「原田さん…。確かに、こんな実績のない私に、じつに素晴らしいイスを用意していただいたことは嬉しく思います。…しかし、私はそれ以前に、このクラブで果たすべき責任があります。私がこのクラブで結果を残せているのは、ひとえに選手たちに恵まれたからにすぎません。それにまだ2年目ですし、クラブは初めてのJ1を戦っております。これは和歌山県下のサッカーにとって最も大きな任務。それを放棄することはできません。…どうか、お引き取りください」
そう言って、バドマン監督は頭を下げた。
原田ら強化委員の面々が帰り、車を見送った竹下社長は今石GMに聞いた。
「これで終わりそうですかね…」
「んな訳ないでしょ。原田さんのあの物言いじゃ、完全にバドマン監督に絞ってますね」
「やはりそうですか…。どうなるんでしょうね」
「俺としては、世論を敵に回してもバドマン監督を渡すつもりはないです。しかし…千葉と違って、俺達はまだ新興クラブ。しかも和歌山はまだサッカーに関してはブランド次第。素人からしたら、田舎の貧乏クラブから代表監督なんて『栄転』にしか見えませんからね」
「…まあ、この件に関しては、今石GMにお任せします。でも、できるだけバドマン監督のご意志も汲み取ってくださいね」
「わかってます。まあイザってときには俺が監督しますから。…全力を尽くします」
ほどなくして、バドマン監督が次期代表監督としてリストアップされていることがスクープされ、案の定というか、騒ぎにはなりはしたが概ね肯定的な意見が多かった。
やはりほんの数年前までJ2のお荷物でしかなかったクラブを、個性的な選手を束ねながらJ1で戦えるクラブに変貌させた手腕に期待を寄せる声は多かった。つい最近行われた五輪代表候補合宿に、主力選手が多数選出されたことがその説得力となった。
それでも和歌山サイドは引き抜き阻止に動き、バドマン監督本人も和歌山での指揮を希望している旨を公表していた。しかし、他の候補との交渉に進展がなく、新代表の準備期間があまりないこともあり、次第に世論(主に日本代表サポーター)は和歌山の態度を、単なるわがままと見なしはじめた。それに追い討ちをかけたのが、地元スポンサーの反応だった。
「バドマン監督を和歌山に留めていいのか?」
「日本代表は名誉なこと。断る理由はないでしょう」
「今のチームはGMが作ったようなものだから、監督人事ももんだいないでしょう」
そんな意見がチラチラ出始めたのである。
当然ながら、選手たちも不安の色を隠せない…と思いきや、こっちはそうでもない。リオ五輪代表候補の年代が多くいる和歌山にあって、監督の動向よりも次の浦和戦へのアピールに集中していた。
特に、若きストライカー、矢神真也のアピールぶりには、監督問題で揺れるクラブにカツを入れていた。
「うおおっ!!」
決して上背がある方ではないが、ドリブルでの単独行動を図ったおり、止めにかかった沼井を弾き飛ばし、キーパー天野もかわしてネットを揺らす。リーグ戦中断から行われた練習試合6試合全てでプレーし、なんと21ゴール。剣崎たちが合宿で不在になってからの1週間で12ゴールと手がつけられない状態であった。
「すげえな真也。めっちゃ気合入ってる」
矢神の気迫に、剣崎は息をのむ。竹内も笑みを浮かべながらつぶやく。
「俺たちが合宿に行ったことを一番悔しがって、一番喜んでたんだとさ」
「つまり、俺たちがチームを離れている間に、エースの座を奪っちまおうってか?なかなか味な奴じゃねえか」
「公式戦がなかったことが救いだな。まあ、俺たちもただ遊びに行ったわけじゃないからな、剣崎」
「おう。真也にまた教えてやるとするか。俺の偉大さを。へへっ」
選手たちは集中していた。いい雰囲気のまま、最高の浦和戦を迎える・・はずだった。




