無欲から欲へ
「さあて、一人足りない中で俺たちを止めれんのか?」
嘲笑を浮かべながら、小宮は仕掛ける。それを止めにかかったのは、東京V時代、小宮とコンビを組んだ御船だった。
「おう、独り立ちはできたのか?」
「どうだろ。見て判断して」
「いいだ・・ろっと!」
「はれ、あっさり抜かれた」
いとも簡単に御船を振り切ると、亀井の目の前で、小宮からの鋭い縦パスが、天宮まで伸びていく。
「なろっ!」
それを寸前でカットしたのは猪口。すぐに立ち上がって、剣崎にロングボールを放り込む。
「くそ・・・。やっぱ味方になってよかったと思うぜ」
「ぐっちゃん。とりあえず天宮は俺が抑える。インターセプトは頼むぜ」
「オッケーって言いたいけど、正直足にきてるかなあ」
センターバックの凸凹コンビがそうやりとりしていると、後ろから友成が喝を入れた。
「おいおい、お前らゴール前の俺はさっきまで暇だったんだ。抜かれたことなんか考える必要ねえ。こんなやつら、どうってことねえよ」
「言うね。お前」
自信満々に言い切る友成に、天宮は苦笑いを浮かべた。
「しかし・・・改めて見てみると、小宮ってここまで次元が違ったのかよ」
亀井は、マークしながら小宮の一挙手一投足に注目し、改めてそのすごさを実感した。過去2年間は同じJ2でプレーし、その時から抜きんでた実力に舌を巻いた一方で、「傲慢すぎる王様って感じだ。一緒にプレーしたくはないな」と評した覚えがある。だが、こうしてより高いレベルにおくと、なお一層際立つ。とにかくすべてのプレーが自信に満ち溢れ、周りを従わせるだけの説得力がある。運動量が少ないというイメージもあったが、ターンやドリブルの技術も高く、なによりいくら体を寄せても倒れない。古き良きファンタジスタが持つカリスマ性と司令塔としての能力だけでなく、現代サッカーに適応できるだけのフィジカルも持ち合わせている。なるほど、和歌山ですでに存在感を示し、何より剣崎とホットラインを築いている理由もわかる気がする。あんな超人的ストライカーと同じ次元でプレーできるのは、小宮ぐらいしかない。
だからこそ思った。
こいつらと同じピッチにもっと立ってみたい。それまで無欲にプレーし、クラブで10番を背負うようになって、更なる殻を破るべく欲を持ったプレー。自分の良さを最大限にアピールする積極性。わずか1週間ながら濃密な時間を過ごした亀井には、代表選手としての自覚が芽生えつつあった。
「好きにさせるかよ。俺でだって10番背負って戦ってんだよっ!!」
意を決した亀井は、再び小宮と真っ向勝負を挑む。今度は激しく競り合う。
「はは、てめえもやるじゃねえか。だったらもっと上のレベルを・・・」
そこで小宮は急ブレーキをかけ、亀井を引き離す。そしてなぜかいったん反転する。
「教えてやるよっ!!」
そしてもう一度反転した瞬間、小宮の左足から強烈なシュートが生まれる。そしてそのシュートに加盟は驚く。
(流れの中で、無回転キック!?マジかよ・・・)
そのブレ球に、友成が完璧に反応して右手一本で弾き飛ばしたのだった。瞬間、セカンドボールに多くの選手が群がり、灰村がかきだした。
「カウンター行くぞっ!」
そう叫んで、灰村は左サイドを疾走。途中、末守とのワンツーを経て止めにかかった誠司を振り切り、一気にアタッキングサードに侵入。灰村のあまりの速さに混合チームは完全に対応に遅れた。
「いつまでもやられてんなよ、エースさんよっ!!」
灰村はそのままアーリークロスを高く打ち上げる。
「いつまでもやられってかよっ!」
「なんのっ!!」
剣崎と内海が同じタイミングでとびかかる。しかし、ボールは二人の頭上を越える。ファーサイドでは竹内とそのマークについていた近森が飛び込む。
「ふざけんなあっ!!」
その二人の目の前を、巨人・渡が飛び込んでキャッチ。カウンターは防がれた。
「はは、こんな連中とプレーできたら・・・・」
亀井の奥には、ふつふつと野望の炎が燃え始めていた。
「ち、くしょう…やっぱ一人足んないと、しんどいや」
膝に手をつくほどではないが、剣崎は疲れていた。内海との競り合いで圧されているのは、内海の巧さもあるが、自分の意思に身体がなかなか合わないことが大きかった。
「俺やトシの力がありゃ、一人少ないなんて関係ないって思ってたけど…やっぱうまくいかねえもんだな」
「おいおい。それじゃあ困るぜ」
マークにつく最中、剣崎の呟きに内海が返してきた。
「海外で戦うならこんな状況はよくある。俺達がそう思っても、エースのお前には最後までゴール狙ってほしいけどな」
「…?ヒデ、お前今俺のこと」
エースって言ったよな。そう聞こうとした時にホイッスルが鳴る。竹内がふくらはぎを抑えながら突っ伏している。どうやらつったらしい。
「お前には誰よりも点を取る才能がある。だったらエースとして頼るのが筋だろ。この状況、ゴール決めてみろよ」
挑発してきた内海に、剣崎はニヤリと笑って言い返した。
「…そこまで言われてできないなら、男がすたるってもんだ。やってやるぜ」




