急遽予定変更
「ちっ、ゴール前ガチガチだな…」
ペナルティエリアから少し離れた位置でボールをキープしていた竹内は、バイタルエリアに人が集まったゴール前を見てついぼやいた。
「まあしょうがないかな。初っ端から攻めまくったからな。さすがに失点重ねるわけにいかないもんな」
そしてそういう作戦をとってきた相手の心情を察し、つい苦笑した。
それだけ、2−4−4の守備放棄フォーメーションの攻撃力は凄まじかった。
勇気を出してディフェンスラインを上げれば、サイドハーフからの縦パスにあわせて裏をとられる。4点目となった竹内のゴールも、末守のサイドチェンジにオフサイドギリギリのタイミングで竹内に裏をとられてのものだった。
かといってゴール前をガチガチに固めたところで、西谷が削られながらも強引にバイタルエリアに侵入し、やや引き気味にポジションを取った剣崎からは弾丸ミドルが放たれる。そしてFWたちのシュート意識がとにかく高く、気が休まらない時間が続くことが大学生たちの戦意を奪った。
「やっぱシュート打たれるのって、守る側からしたら嫌だもんな。それじゃ、剣崎に締めてもらうか。キクっ!」
竹内はそう言って、菊瀬にパスを要求。応じた菊瀬は、またもオフサイドギリギリのタイミングで鋭い縦パスを放つ。竹内はそれを受けて右サイドを疾走、剣崎へアーリークロスを打った。
「トシっ、いいボールだぜ!」
横から飛んできたボールに対して、剣崎は走り込む勢いのまま跳び上がり、ダイレクトジャンピングボレーという、アクロバティックで中二病全開のシュートをぶちこむ。
この前にも剣崎は、コーナーキックの場面で、十八番のオーバーヘッドを叩き込んでいる。
「なんなんだよ、一体…」
立ち尽くしてぼやいたキーパーの一言は、この2本目に出ている大学生たちの総意だろう。実に23本のシュートを放ち7ゴールを奪った叶宮ジャパン。うち剣崎は4得点に絡み、集まったマスコミの前で新エースの存在感を大いに示した。
「うーん…ちょっとやり過ぎたからしらねえ〜」
大学生たちの様子を見ながら、叶宮監督は頭をかいた。1本目はそうでもなかったが、今の2本目でほとんどの選手がうなだれていた。駿河水産大学は歴史のあるチームで、Jリーグ誕生以降は東海大学リーグ1部の強豪としてJリーガーも輩出している。叶宮監督はその第1号で、今日来ている駿河水産大学の指導者や選手は、皆彼の後輩である。
「腑抜けた連中相手にしても仕方ないし、助け船出しましょうかね」
そう呟いて、叶宮監督はスマホを取り出して電話をかけた。
「…。あ、内海く〜ん?小宮くんと一緒に〜、サッカーできる格好になって〜、身体ほぐして大至急ピッチに来て〜。うん。ちょっと予定変更」
そして、駿河水産大学の島田監督に声をかけた。
「し〜まちゃん!ちょっといい?助け船出したげる〜」
ややあって、叶宮監督はメンバーを集め、3本目の選手を発表した。
「まずキーパーは友成で〜、ディフェンスは4バック。センターが大森と猪口、サイドは右菊瀬、左灰村ね」
「なんかさっきと一緒だな」
「で、中盤は御船と亀井のダブルで、サイドは右竹内、左末守、剣崎の1トップね〜」
「んあ?監督、一人足んなくないっすか?」
剣崎が感じた疑問に誰もが同調する。さらにおかしな光景を亀井が目にして叫ぶ。
「あ、あれ?なんで向こうに内海と小宮が?それに渡や近森…あの双子、天宮も…」
「ウフフ、3本目のシチュエーション教えたげる。一人少ない状況で、力の差がある相手に勝ってね〜」
大学生側の戦力は大きくパンプアップされた。キーパー渡に、4バックには内海と真行寺兄弟。ボランチ近森、トップ下小宮、1トップ天宮と代表の主力が勢揃い。しかも10人のチームは、直前まで走りまくったメンバーばかりで疲れていて、司令塔的役割を果たせる選手がいない。かなりのハンデ戦となった。
「いかに小宮に自由にさせないか…。御船、俺達の役割は大事だぞ」
亀井はボランチコンビを組む御船に、悲観的な展望をつぶやいた。御船は、それを削ぐような答えを返した。
「たぶん…ボコボコにやられるよ?小宮すげえ元気だし」
「それを言うなって」
キックオフ。10人チームのボールで始まる。
「とにかく剣崎と竹内、この二人をうまく生かすしか攻撃手段はない」
ボールをキープしながら、末守は二人のストライカーに目をやり、さっそく剣崎にセンタリング。
「よっしゃ、先制パンチだ・・あっとぅ!?」
挨拶代わりにとヘディングシュートを狙った剣崎だが、マークについた内海に競り負けた。
「同じコンディションじゃわからないが、俺だって長いこと代表でやってたんだ。体力に差があればこのぐらいはできるぜ」
「けっ、負けやしねえぜ」
手を差し出す内海に、剣崎は悪態をつき返す。だが、正直2本目ほどの怖さは確かにない。剣崎を目がけてボールが放り込まれるが、剣崎は内海とのマッチアップでイニシアチブをとられ、こぼれ球も真行寺兄弟が素早く拾う。もう一つの頼みの綱、竹内も壮馬相手に自由を失い、中に切れ込んでも近森に挟撃されて持ち味のスピードが生きない。
そうこうしているうちに小宮にボールがつながる。
「さあて、お前らで俺を止めれるのか?」
挑発してきた小宮に、亀井は身構えた。




