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巻き返したいが空回り

 清水を噛ませ犬にしてから3日後。

 合宿は地元の駿河水産大学サッカー部を相手にする練習試合で終了する。その前夜、宿舎のミーティングルームで、叶宮監督はそのプランを選手に伝えた。


「えっと〜、合宿はとりあえず明日の練習試合で終わっちゃうんだけど、相手のレベルは清水よりも落ちるの。そこで明日は絶対使わない選手が何人かいて、ベンチスタートも何人かいるわ。だからそれ以外のメンバーは頑張ってね〜。あと〜、清水戦出れなかったみんなは〜、この合宿が『最初で最後の代表生活』にしたくなかったら、明日は死に者狂いで頑張ってね〜」



「監督も嫌味だよな。すげえプレッシャーかけてくるでやんの」

「あいつらだいぶすげえ試合してたからな〜。そうとうやらないときついぞ」

「ま、だからと言って気は抜けねえよ。抜いたら抜いたで強制送還させられる」

「だな」




 自室に戻る途中でぼやく選手たちに混じり、悲壮感を漂わせる男がいる。天宮である。

(…足首を痛めてなきゃ、俺だって清水に行っていた。監督に「俺も必要」だと分からせないと…)


 天宮礼音あまみや・れね。名前から想像できるように、彼はハーフである。母がドイツ人で祖父はブンデスリーガという経歴を持つ。 高校までは日本で過ごし、クラブチームでプレーしていたが、ハーフにありがちなイジメに悩まされ、卒業後に渡独。下部リーグを経て昨シーズンから祖父もプレーしたデュッセルドルフの一員となる。

 190センチと恵まれた体格を生かしたポストプレーが武器で、味方を生かすプレーに定評がある。所属先でも高さと起点として役割を期待され、ビハインド時に投入されることが多い。

 ただ、今のところ立場はかなり危うい。既にジョーカーとしての明確な役割を与えられている櫻井を除いたとしても、今の天宮はFWの四番手。はっきり言って「いなくてもさほど困らない」立ち位置である。

(でもまだ終わった訳じゃない。俺だって伊達で呼ばれたんじゃない。明日はなんとしても…)

 いつの間にか天宮は、握りこぶしを作っていた。



「う〜なにやってんだよ俺〜。このままじゃ手ぶらで帰ることになっちまう〜」


 同じ頃、自室のベッドで大の字になった亀井は悶々としていた。


「惇も太一もそろって結果残して…それでいて俺は何にもできてなくて…。あ〜はずいったりゃありゃしねえ〜っ!」

 そこでむくりと起き上がる。

「俺だってスタイルはちょっと違うが10番だ。絶対明日はなんかしてやる!」

 そう言って、再び仰向けになった。




 翌日、日本代表の合宿地に駿河水産大学の選手が乗り込んできた。試合は45分ハーフの3本を行う。1本目は宣言通り、清水に行けなかった選手を中心に構成された。


GK林堂基文

DF土田速人

DF星岡悟(大宮)

DF松宮貴士(神戸)

MF亀井智広

MF御船直行

MF寺村明仁(横浜)

MF横山光弥(大宮)

MF真行寺壮馬

FW天宮礼音

FW櫻井竜斗

 選ばれたメンバーは、プレー自体は溌剌としていた。積極的にプレスを仕掛けてボールを奪い、サイドからえぐってバイタルエリアにセンタリングし、天宮がタメを作って一列後ろの面々がシュートを打った。特に亀井の奮闘は見るべきものがあり、御船とともに遊撃的に動いて、高い位置でのインターセプトを見せた。

 が、えてしてこういうアグレッシブさは空回りに終わることが多い。特に、ようやく出番をえた寺村や横山は、ゴールという結果に意識するあまり形にとらわれすぎてボールを持ちすぎ、決定機をフイにする場面が目立った。

「攻めて攻めて攻めまくれなんて言わないけどさ~、外堀埋まらないなら別の工夫しなさいよ~」

 ベンチの叶宮監督はもどかしい展開にやきもきする。

 合宿二日目のミニゲームで行った「2秒以内のパス」を意識したプレーが見られるものの、どうもプレーがおぼつかない。少しでもいい形で攻めようと、フリーの位置を探してはパス、フリーの選手を探してはパスと、単調な展開に。次第に大学生側は代表にボールを「持たせ」て取りやすいパスをインターセプト。そこからのカウンターで徐々にチャンスを作り始めた。

 叶宮監督の動きは速かった。黒松コーチに指示を出す。

「黒ちゃん、近森に準備させて。トップ下に入れるから、攻撃のイメージをある程度作らせといて」


 交代が認められると、叶宮監督はすぐに横山に代えて近森を入れた。帰ってきた横山に、叶宮監督は苦言をぶつけた。

「あんたね~・・・ポジションはセンターMFでしょ?おんなじ攻撃で何とかなると思ってんの?雨水が石に穴開けるのは、石が動かないからなのよ?もっといろいろ変化つけないと次呼べないわよ?もっと先輩や同級生でできる人のゲームワークを学習なさい」

「はい。すみませんでした・・・」

 結果が出なかったことに肩を落とし、横山は重い足取りでベンチに座り込み、タオルで顔を覆ってしまった。


「まさかもう試合に出るたー思わんかったと。ばってん、ここで結果出しゃ株上げるうばい」

 ここ最近存在感がなかった近森は、息巻いてピッチに立った。

 この交代だけでだいぶ変化が出た。近森は受け手の様子を見てパスの強弱をつけ、適度にタメて攻撃に緩急をつける。相手を焦らしたタイミングで櫻井にパスを出すと、15分かかって取れなかったゴールが、近森投入後3分で入った。


「今日は小宮を使わないつもりだし、他の選手がどれだけアイディアがあるか見比べましょうかね」

 叶宮監督は、そう言ってふんぞり返った。

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