世界が知らない才能
「そらよ」
前線からの3人の呼び掛けに、小宮はほくそ笑みながらパスを出した。
「ちぇ、俺じゃないか」
「あん!?なんで俺じゃねえんだよ小宮!」
冷静に受け止める竹内と、納得できない剣崎。対照的な反応を見せる二人に小宮は言った。
「相手が知らねえ奴を使っただけさ。てめえらはリーグ戦で手の内がバレてるだろ?」
百聞は一見に如かずの言葉通り、スポーツでは相手を知っているか知らないかで対応が違ってくる。既にリーグ戦で対戦済みの二人に対して、去年の夏前には日本からいなかった西谷では、清水の選手の対応も手探りのままだ。だから小宮の選択は間違いではない。
ただ、当の本人はその意図を知ってどうも釈然としない。
「ちくしょー…どいつもこいつも腹立つ!!」
そのウサを、西谷はバイタルエリアで発散した。スライディングをかわし、タックルを弾き返し、削られてもボールを失わない。
「やろっ、打たせるかっ!」
西谷の突破に危機感を感じたキーパーが、飛び出してコースを消す。同じようにDFたちも西谷に集まってきた。以前の西谷なら意固地になって強引にシュートを打っていただろう。だが、今は冷静にヒールで後ろに流した。そこに味方がいたからだ。清水守備陣があっけにとられる中、南條が右足を振りぬき、ぽっかり空いたゴール右隅に決めた。
その瞬間、練習場にはぽかんとした空気が流れた。沸いているのは、ゴール前の和歌山の選手たちだけである。日本代表を取材に来たカメラマンたちも、シャッターを切るのを一瞬忘れ、「ゴール決めたの誰だ?」という状態。サポーターも、普通ならゴールを決めた選手を連呼してたたえるのだが、なにぶん南條を知らないのでピンと来ていない。
その様子が叶宮監督には痛快だった。
ロシアの地方都市を本拠地とする弱小クラブの中核である西谷と南條のコンビが、無意識に緊張していた代表チームの固さをとり、逆に清水には余計な警戒心を植え付けた。こうなれば攻撃において剣崎たちの自由度が高まる。再開まもなく近森が敵のパスをインターセプトすると、前線の剣崎にロングパス。剣崎はこれを頭で右サイドの裏のスペースに落とし、オフサイドぎりぎりのタイミングで抜け出した竹内が冷静にシュート。角度のない位置からキーパーの股を抜いてネットを揺らした。
代表とはいえ、若手選手の急造チーム相手に立て続けの失点。これを自軍の体たらくとみなして業を煮やした清水のゴトフ監督は、ゲーム中にもかかわらず全選手を呼び集めて一喝する。
『相手のサイドは人が足りない。もっとそこをついて相手を慌てさせろっ!プロの意地を見せてこいっ!!』
指揮官の喝を受けた選手たちは、言われた通りサイドを起点とした反撃を試みる。しかし、そこで見せたウイングFWの運動量とスピードにひるむ。フリーで走りこんだはずなのに、どんどん差を詰められ、なかなかフリーになれない。そしてフォローを待っているところに、清水視点で見て左サイドでは猪口に、右サイドでは南條に挟撃されてボールを失う。かろうじてサイドを突破し、センターFWにセンタリングしても、巨人・大森や守護神・渡が次々と跳ね返し、セカンドボールも内海や小野寺が素早く回収して拾わせない。はっきり言って大人と子供の対決にしか見えなかった。
前半45分はこんな感じで終了。後半、叶宮監督は大きくメンバーをいじった。
GK友成哲也
DF内海秀人
DF大森優作
DF真行寺誠司
DF灰村柊也
MF南條惇
MF菊瀬健太
MF末守芳和
MF小宮榮秦
FW剣崎龍一
FW櫻井竜斗
まずキーパーは渡から友成に。最終ラインは4バックに変わって誠司が右、灰村が左のサイドバックに入る。ボランチは南條一人となり、菊瀬(右)、末守(左)がサイドハーフとなる。トップ下は小宮のままで前線も櫻井と剣崎の2トップに。前半に反して、今度はサイドに重点が置かれている。
「つり目っ、ヒデっ、デカっ、シュウっ、後半も守るぞっ!コース絞らせて思い切りいけっ!!」
ピッチに送り出されて友成は早速4バックの面々に指示を飛ばす。どこか納得できないのは誠司だ。
「俺のだけ悪口なのは気のせいか?」
ベンチの壮馬も同じ思いだった。
「兄ちゃんにしろ俺にしろ眼しか言いようないのかよ・・・」
しかし、友成に対する信頼は、すでに誰もが認めるものとなっている。友成の言うように無理に奪いにいかずゾーンディフェンスで守り、友成が取りやすいコースだけ開けて相手の選択肢を狭める。内海による冷静なラインコントロールも秀逸で、裏を狙う清水の攻撃をオフサイドトラップでその芽を摘む。サイドハーフの守備意識も高く、アップダウンを繰り返しながらカウンターの起点になる。
そして攻撃は2トップがやりたいようにやっていた。
「ほんじゃいっくよ~」
ボールを持った櫻井は唯一無二のリズムで相手守備陣をズタズタに引き裂き、
「くらいやがれっ!!」
何かしらの形でボールを受けた剣崎は、距離構わずシュートをぶっ放す。抑えようのない二人を司令塔・小宮が自由に操り、蹂躙した後の合間を縫って菊瀬、末吉、さらには灰村がシュートを打つ。
そして3点目。櫻井が独特のステップでタメを作ると、オーバーラップしてきた灰村にパス。灰村はゴール前で待ち構える剣崎に精度の高いクロスを送った。
「そらよっとっ!!」
剣崎はこのセンタリングをオーバーヘッドで叩き込んだ。
この直後小宮が退き、末守がボランチに回って空いたポジションに壮馬が入る。この後特に試合が動くことはなかったが、終了間際、今村のフリーキックを友成がファインセーブ。攻守に見せ場を作った五輪代表が3-0で完勝した。
「今日みんなびっくりしたでしょ?剣崎とかリーグ戦で暴れてる選手もそうだけど、南條君のこと覚えた?とりあえず今日の試合で見せたチームが基本形と考えてくれてもいいわ」
試合後の囲み取材、叶宮監督は饒舌に記者たちに選手を自慢する。ただ、それ以上は多くを語らなかった。
「今回初召集選手を多く抱えていますが、今後もこの方針は変わりませんか?」
記者の質問に対して叶宮監督はほくそ笑みながら答えた。
「今回の代表はユース年代で世界大会の出場権を逃しまくった、世界『を』知らないポンコツ世代なのよ?それで金メダル取ろうと思ったら、世界『が』知らない才能でチーム作ったほうが早いでしょ?」
言い終わった後の叶宮監督はドヤ顔だった。




