ベンチ OR ピッチ
キャンプ最終日、アガーラ和歌山は紅白戦を実施する。目的はプレシーズンマッチ期間中のスタメンを固定することだ。これでシーズンのスタメンを決定する訳ではない。
「しかし、プレシーズンマッチのスタメンでいられることは悪くない。当確ライン上にいると考えてくれればいい」
公平を喫するために、試合は公式戦と同じ45分ハーフ、交代枠3人までで行われ、1試合だけとなる。では出れなかった選手はどうなるのか。ここの選考基準はバドマン監督らしい。
「この紅白戦、事前にベンチメンバーも二手に分けているが、指揮をとるのは松本、竹内両コーチ。私はピッチだけでなく、ベンチの選手の立ち振舞いも見ている。枠を使いきった瞬間緊張が切れるのなら、今からでもメインスタンドのシーズンシートを購入したまえ」
どんな状況でも気を抜かない。これが金科玉条だ。
紅軍
指揮:松本コーチ
布陣:4−4−2
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF7桐嶋和也
MF3内村宏一
MF2猪口太一
MF21長山集太
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
白軍
指揮:竹内コーチ
布陣:3−4−1−2
GK20友成哲也
DF23沼井琢磨
DF6川久保隆平
DF22仁科勝幸
MF17チョン・スンファン
MF10小宮榮秦
MF31マルコス・ソウザ
MF14関原慶治
FW11佐川健太郎
FW25野口拓斗
FW18鶴岡智之
試合は紅軍のボールから始まった。センターサークルから、竹内が猪口にバックパスを送る。受けた猪口は、ボランチコンビを組む内村に渡した。
「さーてどうなることやら。まあ、せいぜい引っ掻きまわすかいね」
ニヤリと笑うと、内村はノールックでヒールパスを出す。その位置にいたバゼルビッチは、なんとなく嬉しくなった。
(俺のキックを期待してくれてる、ということか。お応えしようじゃないか)
バゼルビッチは、ダイレクトで左足を振り抜く。ボールを受けた栗栖に、マルコスが抑えにかかった。
「火いついてますねマルさん。年寄りの冷や水じゃないっすか」
「はは。なめんなよ若造。ここ(右サイド)はどこに行っても俺の庭だぜ」
二人が左サイドで競り合ってる最中、剣崎、竹内、さらにソンがゴールに向かって走っていく。
「ハゲはトシ、ヌマはソン、オッサンはそのバカマーク。オッサン、死ぬ気でかかれよっ!」
いつものように、友成が簡潔で敬意のない指名でディフェンスに指示を出す。さすがに仁科は川久保に聞く。
「ここの守護神、口悪いな」
川久保は苦笑いを浮かべ、一言助言する。
「ま、早く慣れてください」
確かに友成の口は悪い。しかし、友成の指示は的確で視野も広いので抜け目もない。
「セキ、そのチビを中に走らすな。サイドに押さえ込んどきゃ問題ねえ」
ただ、やっぱり口は悪い。
「あいつ…。3つ上を二文字かよ」
「関原はまだいいっ!俺なんか『チビ』だぞ…」
「でも長山さん、実際そうでしょ」
友成の指示で陣形が整いかけたところで、栗栖がマルコスを振り切ってクロスを上げる。ニアの剣崎には高過ぎ、ファーの竹内には届きそうにない。その中間点にソンが飛び込んでくる。
(マルさんに抑えられて雑に打ったのに、ソンをあてにして狙いやがる…だが)
友成はためらわず、バレーボールのレシーブのように頭から飛び込む。
「低いクロスの分、俺でも止めれるぜっ」
パンチングで弾き出した友成は、それを拾ったチョンに叫ぶ。
「(サイド)チェンジ、左がら空きだっ!」
友成から見て左、つまり紅軍の右サイドは、ソンが攻め上がりすぎたためにぽっかりと空いている。長山を振り切った関原が疾走している。チョンはすぐにボールを送った。
「うおっ!関さんどフリー」
「白軍の前線は鶴さんと野口…行けるか?先制点」
ニアの鶴岡が大森、ファーの野口がバゼルビッチにつかれる中、誰の妨害をうけることなくセンタリングを上げる関原。しかし、誰よりも早くこのボールに触ったのはキーパーの天野。長身を伸ばしてパンチングで弾き出す。
そのボールを待っていたかのように、小宮が攻め上がってきた。
「魅せてやるぜ、俺のキック」
セカンドボールを小宮はダイレクトでシュートを打つ。しかも無回転を。ただ、天野も冷静だった。直前まで微動だにせず、最後の変化に反応し、右手に当てて勢いを殺すとそのまま抱き締めた。
互いにチャンスを迎えながらシュートで終われなかった立ち上がりの15分。ここから試合は膠着する。中盤の選手たちがとってとられてのシーソーゲームを展開し、つられてDFもラインを高くしてコンパクトな陣形を保つ。逆にFWたちは宙に浮いた状態になり、ゲームの流れから切り離されていた。
だが、和歌山のFWは、こういう状況におかれてこそ真価を発揮する。いざこざの末、焦れてポジションを下げてボールを拾った剣崎が、それを知らせる、あるいは思い出させる号砲をぶっぱなした。
「覚悟しやがれ友成ぃっ!!!」
距離にしてだいたい40メートル。そんな長距離にも関わらず、剣崎は右脚を振り抜いた。放たれたボールはうねりをあげながらゴールに飛んでくる。だが友成は特に反応せずに身構えていた。剣崎のシュートがクロスバーに叩きつけられた瞬間を合図に前に出る。跳ね返ってきたボールをクリアするというのもあるが、一番は剣崎のシュートと同時にゴール前まで駆け出した竹内との一対一を防ぐためだ。ボールは先に竹内が拾う。幸運だったのは、それがペナルティーエリアの外だったこと。勢いよく間合いを詰めた友成も、手が使えないから体を投げ出すまでしかできない。
「チッ、ついてやがったか」
「ちょっと焦ったけどな」
ぼやく友成を尻目に、竹内はチョンとつま先で軽くボールを蹴る。憎たらしいほどに緩やかな軌道のループシュート。ゴールネットは、そよ風に揺らされたかのように、パサリと静かに揺れた。




