声が出ない
「ふんあ〜…。標準語もっど使えるようになんなきゃダメだぁ。これじゃズダメンはまだまだ先だべ」
林堂はそうぼやき、ドリンク片手に肩を落とす。後半、彼は渡に代わってベンチに下げられた。
「ま、一体どんなゲームになっが、のんびり見るとすっべ」
後半は、特に中盤の主導権争いが激しくなった。MFの人数はAが3でBが4。Bは数字上有利だが、攻撃と守備の繋ぎ役である近森は、御船のしつこいマークに手を焼き、小宮潰しを託された亀井は南條に仕事を邪魔された。末守、菊瀬の両サイドも真行寺兄弟の相手で手一杯。となると、小宮は竹内が中盤まで下がって潰しに来た。
「おいおい。FWごときが俺を止めれるのか?」
「どうだろね。俺はその辺のFWよりは守れるよ」
「で?相方は放置か?」
「ほっといても点をとるさ」
普段はチームメートの二人が激しく火花を散らす。
そして竹内が奪う。
「タケっ!」
すぐさま菊瀬が呼び、竹内は繋ぐ。受けた菊瀬は、そのまま壮馬と対峙する。この二人は、すでにリーグ戦で対戦している。その時、埼スタで新潟を迎え撃った浦和が返り討ちにしていた。
「埼スタの二の舞にしてやる」
「できるもんならな」
互いに悪態をついて激しくマッチアップ。そこにフォローに来たのは、なんと竹内だった。
「キクっ、任せろ」
呼びかけに反応した二人は、竹内のスピードとスタミナに目を見張った。
(うそだろ?俺たちについてくんのかよ)
(はは、確かに和歌山が強いわけだ)
要求に応じて菊池は竹内に預ける。
「剣崎、頼むぞ」
すぐさま竹内に向かうセンターバックの意表を突くプレーが出る。ゴールを背にした竹内は、振り返らずにヒールでバックパス。糸を引いたようなパスが、剣崎の足元に向かう。
「任せろ俊・・也あっ!?」
しかし、剣崎が蹴るよりも早く、友成が飛び出してボールを抱きかかえる。剣崎は飛び込んできた友成に足を取られて倒れた。その事実を振り返って知った竹内は両手で顔を覆った。
「くあ~、意表突けたと思ったけどな~」
「俺もアガーラの選手だ。味方の考えぐらいはわかってるつもりだぜ」
好セーブを見せた友成は得意げに言った。
一方でAチームも次第に攻め手に欠いた。言うまでもなく渡の存在感である。
2メートル近い長身が醸し出す威圧感に、慣れない西谷や天宮はなかなか勝負できない。おまけに林堂と比べて20センチ近く大きいため、ゴールが余計に小さく見えてやりづらい。
だからこそ、櫻井の存在が際立った。
「リーグ戦みたいに、またゴールもらっちゃうよ」
そう言ってシュートを放つ櫻井。だが、渡も見事な対応を見せる。
「同じようにやられるかよ!!」
リーグ戦で対戦した際に何度か引っかかったフェイントに対応し、負けじと好セーブを見せる。守備陣も西谷たちを抑えて押し込ませない。
ただ、手に汗握るといえば聞こえはいいが、決め手を欠いた凡戦になりかけ始めていた。
それを剣崎が打ち破った。
「埒が明かねえ。チカっ!俺に長いのくれっ!!」
なかなかパスが回らず焦れた剣崎が、近森のそう訴える。その要求に一瞬戸惑うが、近森は正確なロングパスを剣崎に送った。
剣崎がそこで見せたシュートは、化け物の形容に収まりきらない一撃だった。ペナルティアーク手前で近森のロングボールを、ゴールを背にして胸トラップ。浮かせたボールを反転しながらのジャンピングボレーでぶっぱなしたのである。しかもその一撃は枠に飛ぶ。ゴール右隅目掛けて飛んできたボールを、友成は左手を懸命に伸ばす。
「ぐおっつぅ…」
しかし、その勢いは強く重く左手を弾き返す。ボールも辛うじて跳ね返したが、そのこぼれ球を竹内が友成の逆方向に流し、さらにスライディングしてきた末守が押し込んだ。
剣崎が近森にボールを要求した瞬間、『何かが起きること』を信じてゴールまで走った結果だった。
「どおだ野郎どもっ!何とかやってみたぜ!!」
雄叫びをあげる剣崎に、記録上のゴールを決めた末守はもちろん、竹内、近森、猪口らその他の面々が次々と剣崎に祝福がてら剣崎にのしかかる。一方で決められた友成は同じように咆哮して怒り任せにボールを投げ返す。他のメンバーも茫然と立ち尽くす。一部を除いて。
「ククク…『人類無双』があそこまで板につく輩はいねえな」とにやつくのは小宮。
「ちっ。生まれる時代間違えたかな。何やってもやつの次元にゃ追い付けねえや」と半ばやけになってぼやくのは西谷。
「すっげえ〜なんか化け物みてえだなあ〜」と子供のような真っ直ぐな感想を呟いたのは櫻井。
叶宮監督はというと、未だに身震いが止まらないでいた。
「…生まれて初めて声が出なかったわね。彼がいる限り、100点差がついても勝てそうな気がするわね。ウフフフフ」
しかし、Aチームもこのままで終わらなかった。
「一回ぐらいはネットゆらそうぜてめえら」
そう言って小宮は櫻井に託す。櫻井と猪口のマッチアップだ。
「もうやらせないからな」
「どうかな?」
必死の形相で迫る猪口に、櫻井はあざ笑うかのように底無しのテクニックを見せる。またもシザースフェイントを仕掛けてきたが、いままでの比にならないほどキレキレの足さばきを見せる。
(くっ、これじゃあ…)
「はいよっと」
猪口が戸惑ううちに、櫻井はバックパス。受けた南條が天宮目掛けてセンタリングする。
「ぬがっ!」
天宮は大森を背負いながらボールを落とす。そこには小宮が来ていた。
「小宮に打たすな!ヒデっ」
「オッケーっ」
渡はミドルシュートを警戒し内海に指示。内海は小宮に迫る。
「勝手に決めんなよ。俺じゃねえ」
そう言って再びあざ笑う小宮。内海が動いてできたスペースに、御船が走り込んでいた。
「!?」
しまった、と渡が思った時には遅かった。御船は迷わず左足を振り抜くと、地面を這うように放たれたシュートは、ゴール左隅に突き刺さった。
叶宮監督のホイッスルが響く。1−1の引き分けとなった。




