信頼は「言葉プラス行動」
「スエっ、悪いな。せっかくクロスくれたのによ」
「気にすんな。俺も次はもっといいの上げてやるよ」
謝罪する剣崎に対し、末守は逆に励ます。その心中は、剣崎への信頼が高まっていた。
(なんてやつだ。あんな状態でヘディング打つなんてよ・・・。確かにこいつにつなげりゃ何とかなりそうだ)
同じようなことを、逆サイドの菊瀬も考えていた。
(こいつはどんな状況であっても必ず『仕事』をしてくれる。あとは俺たちがいかにいいパスを出すかだな)
そして友成も危機感を募らせる。
(野郎・・・。さっそく『つかみオッケー』かよ。まだヘディングであるうちは何とかなるが・・・)
「おいデブ、天パ」
「あん!?」
「だからそう呼ぶなって・・・」
土田、小野寺は友成の呼び出しに不快な反応を示すが、友成の眼光に抗議をやめる。
「剣崎をつぶすなら、本気で潰しに行け。遠慮なんかすんじゃねえぞ」
「わ、わかってるよ」
「でもあいつ馬力はすげえしな・・・」
「別に『シュートを打たすな』とは言ってねえ。最悪、ヘディングぐらいならいくらでも打たれちまえ」
「は?でも、おまえ」
「・・・あの野郎はヘディングよりもオーバーヘッドがうまいやつだ。クロスに対してダイレクトボレーでそれができる。本気のシュートはボーリングの球が飛んでくんのと同じくらい威力あるから、正直パンチングでもはじけねえ」
「・・・マジかよ」
「だが、ヘディングならなんとははじき出せる。だから言ってんだ。ヌルい対応ならやられっからな」
剣崎が信頼を高める一方で、同じように所属クラブで背番号9を背負う九鬼は、次第にその信頼を失っていた。
「おいおい、てめえはいつから口先だけの男になったんだ?いい加減ぶち抜けよ」
嘲笑を浮かべながら、小宮は九鬼に向かって再三パスを送る。だが、九鬼はマークに来る猪口に対して、完全に苦手意識を持ってしまった。自分のできるプレーのほとんどをつぶされた今、パスを受けてもドリブルを仕掛けられず、無難なバックパスに終始。表情からも猪口に対しておびえているのが分かり、どちらがプレイヤーとして格上が分からなくなっていた。
(あーあ。案の定ね。あの股抜きをリカバリーされた時点で死んじゃったわね)
九鬼の覇気のなさを感じた叶宮監督はホイッスルを吹いた。
「はーいここで選手交代で~す。櫻井~、九鬼に代わって入って~」
「うほ~い、やった~」
子供のようなノリで櫻井がピッチに入ってくる。一方で九鬼は青ざめた表情で立ち尽くす。そんな九鬼に、叶宮監督はとどめを刺した。
「バ~イバイ」
いくらか耳打ちしたのち、レッドカードを九鬼のビブスに張り付けた。うなだれたまま、九鬼は宿舎に一人帰って行った。
「なんか・・・ちょっとかわいそうだな」
九鬼の姿を見た猪口がぽつりつぶやくが、それが聞こえた小宮は胸ぐらをつかみ、ドスの効いた低い声で囁いた。
「潰しておいて憐れみなんか抱くんじゃねえ。お前は死にかけた人間の傷口に塩でも塗り込むつもりか?」
いつもとは違う小宮の迫力に、猪口は生唾を飲む。
「あれはお前が自分の全身全霊を込めた結果に過ぎない。第一てめえの武器はそのつぶす技術だろ?つぶした奴のことは考えるな。出足でインパクト与えても、てめえの立ち位置はまだまだ味噌っかすのままだ。・・・そんな甘い考えだからクラブでレギュラーになれねえんだよ、このクズ」
そう言って小宮はすたすたとポジションに戻る。その背中には、猪口に対するもどかしさがにじみ出ていた。
「小宮・・・。ごめん」
猪口はただ謝るしかできなかった。
小宮はその謝罪の何の反応もしなかった。
少し重い空気になったが、猪口はすぐさま櫻井に翻弄されまくる。
「そんじゃ行っくよ〜」
九鬼同様、ボールを持った櫻井はシザースフェイントを仕掛ける。しかし、猪口は違和感を感じずにはいられなかった。
(な、なんだこのシザース。九鬼と比べたら…なんつうか、雑い)
ならばとボールを奪おうと足を出すが、その瞬間櫻井はバランス崩してこけた。ホイッスルが鳴る。
「え!?」
「え、じゃないよ〜。痛いなあもう」
「あ、と、ごめん…」
「い〜よい〜よ。次は気を付けような」
足をかけた自覚はなかったが、ほんわかした櫻井の雰囲気にのまれて謝ってしまう猪口。
(なんかやりにくいなぁ…)
実のところ、猪口は足をかけてないし、そもそも接触していない。いわゆるシミュレーションプレーであって、極端な話櫻井が勝手に倒れたのである。
(バレたらカードものだけど、あそこまで鮮やかだと笑っちゃうわね)
からくりをわかっている叶宮監督は、笑いをこらえるのに必死だった。
ただ、前半の残り時間は、Aチームの「俺のターン」状態であった。櫻井、西谷の両ドリブラーは、小宮のタクトによってとにかく仕掛けまくり、その間天宮はポストプレーに徹する。櫻井のゆるさと西谷の激しさという異なるドリブル突破に、Bチームの最終ラインはひたすら耐える。
林堂も必死のセーブとコーチングで奮闘するが、いかんせんずうずう弁が仇になってうまくコントロールできない。加えてゾーンで守ろうとするとどこかしらドリブルのコースが空き、かといって潰しにかかるとそこにできたスペースを突かれてしまう。林堂のセーブ力と相手のシュート精度に助けられた格好だった。
しかし、これをなんとかしのいだBチーム。前半終了のホイッスルに誰もが安堵した。




