叶宮ジャパンのサッカー
冷徹とも言えるほど選手を強制送還させておきながら、まさかのひいき発言。
言行不一致の振る舞いに、まず近松が抗議した。
「そ、そげな考えでよか思とるんですか?いくらなんでも、そこまで露骨にひいきすると…?」
「俺もチカと同じ思いです。今の言葉、流石に取り消してください。これじゃあみんなに示しがつきません!」
この代表でキャプテンマークをつける内海も同じように抗議する。叶宮監督は困ったような仕草をする。
「え〜?でも九鬼くんより速くて上手い選手って常連にいる〜?言動はともかくとして、彼レベルのポテンシャルの選手はそうはいないわよ?」
「でも、だからって…」
「それにね、九鬼くん返しちゃったら面白くないじゃない」
「面白くない?」
「今回のメンバーには初顔が多いのよ?無名の新人に無様に鼻っ柱折られたエリートの表情って格別じゃなぁ〜い」
「げっ!」
「へ?」
「はぁ!?」
近松、内海、九鬼の順に間抜けた声を出す。叶宮監督はこんな言葉で締めくくった。
「今日ここに残れたあなたたちは、これから始まる戦いの舞台に立っただけ。アタシの眼鏡に引っ掛かりたかったら、見栄とプライドの違いに早く気づいて全力でアピールなさい。サッカーができるギリギリの人数になるまで容赦なく減らすから、その辺覚悟なさい。ウフ!」
最後のウインクに、誰もが凍りついた。
翌日の練習場。取材に来た記者たちは、30人弱となっている代表候補の数に当然狼狽し、早速叶宮監督を囲んだ。記者の質問は「やけに少なくなっていませんか?」「発表したうちの半分しかいませんが…」など、人数の少なさに集中。対して叶宮監督は淡々と答えた。
「初日にフィジカルテストをしたのですが、私の理想にかなう選手が思いのほか少なかった。ならば不要に拘束するよりはクラブに戻したほうが彼らのためだと思いまして」
戸惑いながらも質問を続ける記者たちだったが、叶宮監督の飄々とした解答にのれんに腕押し状態。結局大したことを聞き出せないまま、「はいお時間でーす。こっから非公開になりますのでとっととお帰りくださーい」と一方的に取材を打ち切られた。
「なんか記者の人たちも大変だよな。あの監督から情報を聞き出さないと生活できないんだからさ」
例の黒ずくめの集団に締め出される記者たちを遠目に見て、剣崎が他人事のように呟いた。
「のんきなもんだな、お前。ま、気を引き締めてやることしっかりやろうぜ。生き残りの勝負はこっからだからな」
呆れながら、竹内は諭すように剣崎に語った。
「できることな。俺はわかってっから問題ねえぜ」
さて、叶宮監督の志向するサッカーとはなにか。率直に言うと普通…ていうか、奇人変人な普段の言動とは対照的な、現代サッカーではオーソドックスなポゼッション重視のサッカーだった。ただ、要求はとにかく高かった。
「ほらほらなにやってんの!?2秒以内にパス出せって言ったでしょ〜」
ウォーミングアップ後に早速行われたゲーム形式の練習中、叶宮監督の金切り声がやたら響いた。選手たちには「ボールをもらったら2秒以内にパス」という制約がつけられたのだが、出しどころを探してキョロキョロする選手が多かった。他にも…
「ほら受け手ももっといいポジションとって!スペース意識しなさぁいっ!」
「ボール持ってないときは味方の位置をよく確認っ!オフザボールの時間を無駄にしちゃダ〜メっ!」
因みに叶宮監督は、ピッチの中をうろつきながら指示を出している。引退して10年ほどたっているが、その運動量は一回り以上若い選手とひけをとらない。なぜいるのかと言うと、インターセプトするためである。
「竹内く〜ん、あんた味方に気ぃ使ってパス優しすぎ!そんな博愛精神はポイして〜。受け手に優しいパスは奪いやすいのよ!相手のアタッキングサードでインターセプトされちゃったらどうなるかわかるでしょっ!!」
「は、はい…」
「受け手ももっと集中っ!実戦でこんな甘ちゃんパスなんてほとんどないのよっ!命からがらのパスを粗末にしちゃダメなの!?いい!?」
中盤や最終ラインでプレーする選手は、皆一様に「速いパスをトラップする技術」と「パスの出しどころを瞬時に探し当てる俯瞰性」を求められた。それぞれ得手不得手あり、一朝一夕で身につくものではない。となると、その両方をこなせれば存在が一気に際立つ。この練習の中心にいたのは小宮であった。状況に応じたパスを瞬時に散らすだけでなく、ノールックやキラーで変化もつけて、「相変わらず素晴らしいわね」と叶宮監督を唸らせた。
だが、それ以上に際立っていたのが、猪口だった。小宮のような派手さはないが、パスのタイミングや精度が良く、受け手も強いパスをきっちりコントロールする。無名の存在がいきなり光だしたことに、誰もが驚愕する。特に九鬼は気が気でない。
「無名の存在に鼻っ柱折られたエリートの表情って格別じゃなぁい?」
叶宮監督の台詞がフラッシュバックし、身を振るわせる。
「へっ、それがなんだってんだ。…潰してやるぜ」
小宮からの鋭いパスが猪口に繋がれる。その瞬間を見計らい、九鬼は強烈なチャージをかける。が、それこそが猪口の真骨頂だ。
「むんっ!」
「ぐはっ!?」
上背は九鬼の方があり、勢いもついていた。それでいて弾かれたのも九鬼だった。踏ん張った猪口は、そのまま近森に折り返した。
「んだと…なんて頑丈なやつだ。あんなチビなのに、フィジカル半端ねえじゃねえか」
九鬼はただ舌を巻くだけだった。




