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その頃、極北にて

読者からのリクエストに応えた感じです。彼にはいろいろ驚かされますが、主人公の剣崎よりも存在感あるかもしれません。

 ロシア・エカツェリンブルグ。旧ソ連時代には軍事工業の拠点として秘密の街とされたこの地に、ロシアリーグ所属クラブ、エカツェリンブルグ・レフスはあった。そこには一人の日本人FWが、一年目にしてエースとして存在感を示していたのだった。




『よこせっ』

 練習場でのミニゲーム、ゴール前にポジションをとったその男は、味方にパスを要求する。応じたMFがボールをつなぐ。受けた男は、狭いスペースを強引なドリブルで突破すると、キーパーもかわしてネットを揺らしたのだ。


『アツが決めたぞ〜』

『さすがだぜアツ〜!』

 見学中のサポーターは、男のゴールに歓喜する。その声援に手を振った。

「すっかり人気者だな。俺の存在感がなくなるぜ」

「なに、たまたまさ。必死こいてやらないと野垂れ死ぬはめになるからな」

 チームメートの日本人選手にそう言って、FW西谷敦志は練習に戻った。





 西谷は昨年6月初頭、決定力不足解消の切り札として、日本の2部リーグ(当時)のアガーラ和歌山から完全移籍で加入した。高いボールキープ力とドリブル技術を持つ西谷は、セットプレー以外の得点パターンが皆無に近かったチームに、流れの中でのゴールを産み出す役割を担い、すぐにエースとしての地位を築いた。ウインターブレーク前のリーグ戦には17試合に出場。チーム得点王となる7ゴールを上げている。うち6つがオープンプレーでのもので、いかに欠かせない存在であるかがわかる。


 これほどの活躍ができているのは本人の資質によるところ大であるが、西谷にとって二つ恵まれていたことがある。一つはクラブのバックアップが万全だったこと。西谷のスカウトが、元の所属先、和歌山の監督と知己だったこともあり、住居や食事、果ては趣味の外出にいたるまでの生活環境を整えてサッカーに集中できる環境を作った。

 もう一つはチームメートに同い年の日本人がいたことだ。ボランチのレギュラー、南條惇なんじょう・じゅんは、父親の仕事の関係で16歳のころからモスクワに住んでいる。一昨年に入団テストを受けて合格して今に至る。そのためロシア語を流暢に操り、練習では西谷の通訳になり、休日は彼にロシア語を教えた。ほとんど不自由なく過ごせている西谷は、南條のお陰もあって監督の指示やサポーターのエールを理解できるようになり、サッカーに関する意見を話せるようにもなった。


『どうだいアツシ。ここでの生活は』

 ある日の休日、彼をスカウトしたコプレフが西谷を食事に誘った。南條も通訳として同行している。

『まあ、お陰さんで何不自由なくやらせてもらってるよ。大分あんたの言うことも分かってきたから、ぼちぼち飯代一人分浮くぜ』

 西谷のジョークに南條とコプレフは吹き出す。

「おいおいアツ、そりゃないぜ」

『ハハハ。なかなか上達している。これなら色街に連れ出しても大丈夫だ』

 笑顔を浮かべながらグラスのウォッカを飲みほし、コプレフは話し始めた。

『しかし、君は本当によくやってくれている。お陰で私も鼻が高いよ』

『ここも大概だけど、日本の片田舎まで足運んで俺を獲ってくれたからな。サッカー以外は楽にしてくれてるし、ここで恥かいちゃあんたに傷がつく』

『フフフ。なかなか律儀でありがたい。しかし、ウインターブレーク中ぐらい日本に帰れば良かったのに…。日本は今頃新年を祝っているだろうに。ウチはモスクワほど選手を拘束しないよ?』

 コプレフのジョークを鼻で笑いながら西谷は返した。

『いくら優遇してくれとも俺は新参者だからな。はっきりとした結果出すまでは、少なくとも今シーズンは帰らねえよ。帰っているうちに居場所なくなっちうのはごめんだからな』





「アガーラ和歌山、っと」

 コプレフとの会食後、自宅に戻った西谷は、パソコンを起動してグーグルに古巣の名前を打ち込んだ。

 自分が去ったあと、和歌山は変わらず快進撃を続け、J1昇格とJ2優勝を果たした。その結果には素直に喜んだが、一方で「自分がいようがいまいが変わらなかったのか…」という虚しさが後からわいてきた。

 ただその思いが、異国の地での活躍の原動力にもなっている。目に見える結果を残し「逃がした魚は大きかった」と、古巣に思ってもらいたいからだ。


「へぇ〜、いろいろ補強してるんだな。まあ、初めてのJ1だしな。…ん?」

 検索された古巣の動向を見終え、ヤフーのトップページに戻ると、あるトップニュース記事に目が止まり、クリックした。


 それは、同じロシアリーグの強豪、チャスコモスクワに所属していた日本代表MF本郷祐介が、イタリア・セリエAの名門ミランへの完全移籍のニュースだった。


「すげえなあ…本郷さんミランか…」


 本郷とは、リーグ戦でチャスコと対戦した時に、軽く言葉をかわした。その試合はボロ負けしたが、一矢報いるゴールを決めた西谷に本郷から声をかけてきた。

「お前なかなかおもろいな。そのドリブル、もっと磨いたら高み行けるぞ」


 自分にとって雲の上の人間からかけられたエールは、西谷に大いに励みになった。そんな人が一足先に高みに立ったことに興奮を覚えていた。


(やっぱり今は海外移籍が主流なのかな…。うちには『生涯1クラブ宣言』してた奴がいたけど、改めて外に出て新しいサッカーに触れるのは大事だよな)



 そしてパソコンを閉じて気持ちを口にした。



「俺もここでバリバリやって、のしあがってやるぜ」


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