心臓に悪い活躍
「くそがっ!!」
友成はそう吐き捨てながら、小久保のシュートを防ぐ。この試合、川崎の猛攻を浴び続ける和歌山ゴールは、友成が縦横無尽に飛び回る。片手一本でボールをはじき出せば、がっちりと抱きかかえて難を逃れる。その守護神ぶりは賞賛に値した。
しかし、この日はもう一方の守護神の活躍も光る。
時折反撃で鋭いカウンターを見せ、ゴール前に鋭利なクロスを次々と送り込む和歌山の両サイド。そしてバイタルエリアでの空中戦。渡は剣崎、鶴岡と真っ向勝負を挑み、ことごとくそれを防ぐ。地上戦で友成が奮戦すれば、負けじと渡も空中戦で無双ぶりを発揮。裏を返せばそれだけ最終ラインをズタズタにされているのだから心臓には悪いが、キーパーが主役であるという珍しい展開が延々と続く。
だが、川崎はともかく、和歌山の反撃がなかなか実らない理由は他にもあった。
竹内がそれに気づいたのは前半のアディショナルタイムだった。
「栗栖っ!」
中央で敵に囲まれながらボールをキープする栗栖に、竹内がフォローに入りパスを要求。受けた竹内は、そのまま右サイドのライン際を疾走。マークに来たサイドバックを引き離していた。
(おかしいな・・・。サイド攻撃はこんな簡単にゴール前に来れるのに、センタリングしようと思ったらバイタルががっちがちなんだよな・・・。まさかっ!?)
とりあえず竹内はそこでクロスを送ったが、またも渡がつかみどる。結局前半はそのままスコアレスで折り返すことになった。
「サガさん、ちょっといいっすか?」
ロッカールームに引き揚げる道中、竹内は佐川を呼び止めた。しかし、佐川は竹内の言いたいことをすぐに理解した。
「やっぱお前も思ってたか?」
「・・・やっぱり、俺たちって『ほったらかし』にされてますよね。さっきからサイドバックが追いかけてこないんです」
「ああ。俺たちがボール持ってサイドに流れた瞬間、ボランチやセンターバックはバイタルエリアに居座ってる。そりゃキーパーにボールとられるわな。肝心のゴール前に隙間がないんだからよ」
川崎の守備は、とにかく・・・斜め上の発想で守る。そしていたるところはシンプルなのである。いくらサイドを突破しても、最もゴールになりやすいのは正面のバイタルエリア。そこから遠のくプレイヤーは「捨てる」のである。和歌山のカウンターはサイドの突破力を生かしているのだが、むしろ川崎の守備の術中にはまっているといえた。
バドマン監督もこれには薄々気づいていたようで、ハーフタイムに修正を施した。関原とソンを伴って。
「後半、サイドバックを二人とも入れ替える。関原は毛利と、ソンは沼井とだ。チョンはセンターバック、マルコスはアンカー(1人ボランチ)にポジションを交代だ。攻撃においてはダイアゴナルランを意識、敵をバイタルエリアから釣り出せ。守備はパスをおいかけるような真似はやめたまえ。プレスよりもパスコースを限定させるポジショニングで守るのだ」
これで打つ手は打った。しかし、それでもゴールの予感は感じにくい。言うまでもなく渡の存在だ。
「しっかし、初めてだよな。鶴さんが相手にならないキーパーなんてよ。何食ったらあんな化け物になるんだ?なあクリ」
「お前が他人を化け物っつうのかよ剣崎。まあ、正直あの手足の長さは反則だよな」
シャワーを浴び終えた剣崎は、リンカからマッサージを受けている栗栖に、渡のすごさを語る。鶴岡はその横で肩を落としながら、憤懣やるかたない表情を見せる。
「ちっきしょー…この俺が高さで勝てねえなんて…あいつ絶対身長サバ読んでるって。間違いなく2メートルあるって。なんでバスケやってねえんだよ」
「いや、あんたにもそれ言えるよ鶴さん」
栗栖はまたツッコミを入れた。
「まあ、俺はいつまで入れるか分からんからな。せめてゴール決めてからベンチに下がりたいぜ」
ハーフタイムを終え、両イレブンがほぼ同時にピッチに戻ってきた。
「おう。調子はどや」
「あ、小久保さん」
散らばる途中、剣崎は小久保に声をかけられる。
「ざまあないな。うちのキーパーなかなかやるやろ」
「まさか。どうってこたぁねえっすよ。後半はこっちが先に点とるっすよ。うちのキーパーのほうがすげえっしょ」
「まあな。俺達の攻撃をことごとく止めとるからな。まあ、ブラジル行く前にこじ開けとくか。完封負けなんて縁起悪い」
ブラジル。そのフレーズに剣崎は…特に反応しなかった。それを見たかった小久保だが、やや肩透かしを食らった格好。今はそれ以上聞くことはしなかった。
「…ま、結局試合を決めるのは俺達エースだ。先にこじ開けさせてもらうぜ」
「へん!こっちの台詞っすよ」
一瞬火花を散らして、二人は別れた。
そして、川崎の若き守護神渡は、向こう側のゴールを睨み付けている。視線の先には友成がいる。友成とは以前行われた五輪代表合宿で相対した。
(…ふん。うちのFW相手にあそこまでやれるとは、呼ばれたのは伊達じゃなかったわけだ)
渡の経歴は、同学年の中ではかなりのエリートの部類に入る。J1名古屋のジュニアユース時代から世代別代表を経験。ユース代表では不動の守護神であり、ロンドン五輪のときにも、本戦出場からは漏れたが、予選の頃に何度か招集されている。名古屋では楢垣というレジェンドの壁を越えられなかったが、志願して川崎に移籍した今シーズンは開幕からゴールマウスを守る。
そんな彼に、衝撃を与えたのが友成だった。




