「ミスター」は誰だろう
「ミスターアガーラは誰かって?そんなもん川久保に決まってんじゃねえか」
「確かに剣崎とかのほうがインパクトあるけど、やっぱJFLやJ2のしんどきときも活躍したしな」
「若いやつはどういうか分からんが、俺達古いサポーターにとっちゃ、川久保がミスターさ」
これは数日前、浜田記者が練習場に足を運んだサポーターに尋ねたときの話だ。今の和歌山はフレッシュな選手が多く、主力の大半は20代前半。オリンピック代表の資格を有する若手がチームの軸である。それでいても、ただ一人JFL時代を知る、チームの最古参である川久保の存在は特別なのだろう。
そんなサポーターの思いを知らない訳がない川久保であったが、J1通算2試合目のピッチで驚異の波状攻撃にさらされていた。クジラを意味する「バレイア」の名を冠し、Jリーグでも最強クラスの川崎の3トップに。
「くそっ!」
小久保からブラジル人FWレノンにボールが繋がり、シュートを打たせまいと川久保は止めにかかるが、簡単にそれを打たれた。開始10分でもう3本目、川崎のチーム全体でも5本目であった。好き放題に打たれている現状に、川久保は思わず舌打ちする。そこに友成の怒鳴り声が響いた。
「てめえらシュート打たれすぎなんだよっ!!身体寄せるとかコースじゃまするとかもっと工夫しろっ!!」
無論、友成も味方の頑張りは理解している。だが、どうにももどかしい。いくら川崎の破壊力が驚異的であるとはいえ、今日の守備のメンツも力がないわけじゃない。むしろ猛攻をいなすだけのクレバーさを持っている。それがまるで通じないのである。
(おいおい・・・。うちってこんなにメンツに差があったっけ?話にならねえじゃねえか・・・)
友成の心中は相当あきれていた。
「くそう・・・。もっと行けると思ったのに、やっぱこのチームすげえな・・・」
「タク。弱気になるな。臆病風に吹かれたら狙われるぞ」
「っと、そうっすね。すんません、川久保さん」
沼意をそう叱責したものの、川久保も正直なところテンパっていた。何より、前節は結果的に致命傷となったPKを与えていたことが、逆に川久保から大胆さを奪っていた。そんな様子を察したチョンが、今一度チームに喝を入れる。
「いいかっ!!俺たちのFWだって川崎に負けやしないっ!俺たちが踏ん張れば必ず応えてくれる。だから下向くなっ!いいな」
「うおっすっ!!!」
「向こうはいったいどういう意図であんなスタメンにしたんだろうなあ」
川崎の指揮官、笠間監督はベンチで足を組みながら怪訝な表情を見せた。
「コンディションの問題でしょうかね」
「にしちゃずいぶんひどい。ソン、関原、バゼルビッチ・・・この3人がいないだけでここまで攻めやすくなるなんてね」
コーチの分析も、笠間監督は納得していない。そしてなかなかゴールがこじ開けられない展開にも。
「まあ、いまはいろいろ攻めれてるけど、そろそろ変化しろよ。ワンパターンになってきてるしな」
そんな監督の懸念にリンクしていたのは、司令塔の中浦だった。
(ちょっと攻撃が硬いな。俺がちょっと変化させるか)
そういうと、これまではパスを出していた中浦は、一瞬のスキをついてドリブルで仕掛けた。やや右側に流れて攻めあがると、これを毛利が対処する。そう近づいた際にわずかにできたスペース。そこをキラーパスでつなぐ。毛利の後ろのスペースには、成長著しいFW天草が走り出している。そしてここでクロスを打ってきた。川崎が高さ勝負に出たのはこれが初めてだった。
「はげっ!!頼むぞっ!」
もはや悪口である友成のコーチングに川久保が反応。競り合うのは日本代表の小久保である。
「でぇぃ!!」
「にゃろっ!!」
やはり元の身長の違いが露骨に出る。15センチほど高い川久保がこれを跳ね返す。しかし、そのセカンドボールをレノンが素早く回収し、またもシュートを打ってきた。強烈な一撃は、ゴールそばのドリンクボトルを弾き飛ばした。
「あーもーめんどいっ!!てめえらもなんとかしろっ!!」
集中放火を浴び続ける苛立ちをぶつけるように、友成は前線にゴールキックを蹴り飛ばす。最前線の鶴岡がそれをキープして味方の上がりを待つ。
野口の台頭で長身FWとしてのお株を奪われていた鶴岡も、久々のピッチで必死にプレー。相手に囲まれながらも高いキープ力を見せ、そのうちに佐川がフォローに来た。
「サガさん」
「ツル、よこせ」
受けた佐川は一度左に流れ、マークに来た相手DFを振り切ってクロスを上げた。その先で剣崎と川崎のセンターバックジョズエが激しい空中戦。
「ち、このっ!」
シュートは無理と判断した剣崎は、これを味方に向けて叩き落とす。それを走り込んだ竹内がミドルシュート。クロスバーで跳ね返ったボールを栗栖が狙った。
だが、ここで川崎の守護神が立ちはだかった。
「ぬおりやぁっ!!」
伸縮自在の身体を持つ麦わら帽子の海賊のように、長身を伸ばしてパンチング。コーナーキックに逃げた。
「はは、こうしてやられてみると…日本人であのタッパはずりいや」
苦笑いを浮かべる栗栖。せっかくのコーナーキックも、キーパーがあっさりとつかみ捕った。
川崎のキーパー、渡由紀夫。剣崎たちと同い年で、身長なんと199センチで友成とは真逆な存在だ。リオ五輪代表の守護神対決と言えた。




