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バドマン監督のレフェリー論

「二人足りないという状況下で、選手たちはよく追いついてくれた。ガリバーさんは石橋を叩く思いで逃げ切りを図ったようですが、我々の攻撃力と勝ち点への執念が、向こうの思惑を凌駕したのでしょう」

 試合後の会見で、バドマン監督は誇らしげに選手たちを讃えた。

 ルーキー須藤の話になると、目に見えて表情が明るくなった。

「ルーキーの須藤選手、デビュー戦で見事に結果を残しましたね」

「送り出す前は緊張が表情に出ていたのですが、憧れの先輩と共にピッチに立てる喜びが勝ったようです。今日の結果は大いに自信となるでしょう。矢神も負けられませんね」

 会見が和やかに進むなか、オフィシャルライターの玉川が、空気を変える質問をした。

「バドマン監督、見事な用兵、恐れ入りました」

「おお玉川さん。今日の勝ち点の喜び、あなたとも分かち合いたいところだ。どんな質問をプレゼントしてくれるのかね?」

「うーん、少し固いというか、難しい質問になります。…今日のレフェリングについてです」

 バドマン監督は笑顔のまま。しかし、目が笑っていない。玉川は続ける。

「長山の退場は抗議のツケだから仕方ないにしても、バゼルビッチに関しては違和感がありました。それまでのタックルとは変わらなかったようにも見えたので。別にレフェリーを非難するつもりではないですが、今日の試合を大きく影響しました。ついでに、バドマン監督の日本のレフェリングに関して思うところをうかがいたいのですが」


 会見場にしばしの沈黙が漂う。どの記者もバドマン監督の反応を見ている。一方のバドマン監督は、古畑仁三郎のような仕草で思案したのちに、ひとつ息を吐いてから語り始めた。

「確かに、今日のバズの退場には思うところはあります。しかし、審判はピッチにおいて絶対の存在であり、私がどうこう言うべきではありません」

 記者たちは、語弊はあるが、冷静に語るバドマン監督に拍子抜けした。喜怒哀楽豊かに語る自分なだげに、意表をつかれた気がした。

 続いてバドマン監督は、日本のレフェリング技術の現状に言及した。


「私はJリーグについては好意的な印象しかありませんが、唯一不満があるのが、レフェリーに発言権がないこと、自分のレフェリングに関して釈明する機会がないことです」

「釈明…ですか?」

「日本のレフェリング技術は、むしろ世界に誇るべきものです。一世紀近い歴史を持つW杯の決勝の舞台で、なぜ四半世紀も経ていない後進国のレフェリーが笛を吹けるのでしょう?無論、第三者として戦う国の審判が選ばれないこともあるでしょうが、絶対的な信頼がなければ、大舞台のホイッスルなど吹かせてはもらえません。繰り返しますが、レフェリング技術はトップレベルなのです」

「その中で、審判の釈明ですか」

「釈明の機会を設けることで、レフェリーにはより責任が生まれます。しっかりした理論、ルールに基づいたレフェリングがをしなければなりません。つまり、レフェリングを磨くことに繋がるのです。そして釈明を受けることで選手やサポーターが納得できる部分もあるはずなのです」

「なるほど…」

「こういう議題が上がるたびに、批判する側に考えてもらいたいことがあります。それは『全てのスポーツは審判があって成り立つ』ということです」

「全てのスポーツ、ですか」

「いくらスポーツマンシップに則った行動を心がけても、秩序を正す存在がなければ意味をなさなくなります。極端な話、レフェリーがいなければ手を使おうが道具を使おうが自由なのです。レフェリーがいるからこそ素晴らしいサッカーを志せるのです。レフェリングのレベル向上を唱えるのなら、まずレフェリーの権威を守り、自身のレフェリングを説明する機会を設けるべきです。Jリーグには今一度審判の発言機会を用意して頂きたい。この件は、これでよろしいでしょうか。固い話をすると肩がこりますからね」






「なんか意外な感じでしたね」

 会見後の喫煙スペースでは、記者たちがタバコを吹かしていた。その中で、後輩記者が玉川に呟いた。玉川は素っ気なく聞き返す。

「どういうところが?」

「いや、なんかあそこまで審判を擁護するところが。不満は絶対あるはずなのに」

「ま、あの人らしいといえばらしいがね。批判する一方ばかりが論議は沸騰しない。なかなかいい話が聞けたんじゃないか?」

「まあ・・・。そりゃ」

「ああいう一般とは違った感覚がなけりゃ、変り者ぞろいの和歌山を率いることはできんさ。さて、さっさと原稿書くとするか。連戦続きで、締切の連続だ」


 ゴールデンウィーク連戦。和歌山はその初戦を、2人の退場者を出しながら、引き分けに持ち込んだ。

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