風の変え方
二人の退場者を出し、さらに逆転を許し、守備的な選手が次々と投入されて逃げ切り体勢が万全。踏んだり蹴ったりの和歌山であるが、櫻井の交代は、むしろ都合がよかった。そしてガリバーが逃げる入っていることも。三枚同時投入という博打を打ったバドマン監督ではあるが、そのすべてでストライカーたちを入れたのは「攻めるだけだ」というメッセージもこもっていた。まだ負けは決まってはいないが、2人少ないという緊急事態に、指揮官は開き直ったのである。
それはピッチ上の選手たちも同じだ。
「へへっ!おめーらと一緒にサッカーするなんざ、ユースの時以来だな」
剣崎は交代で入った矢神と須藤に声をかける。須藤は半ば興奮気味にあいさつする。
「うっすっ!マジで楽しみっす。まさか、剣崎さんと一緒にまたサッカーできるなんて」
「おめえはガキか?負けてんだぞ。のぼせるのも大概にしとけよ」
そんな須藤を、矢神はさめた口調でたしなめた。
「てめえこそ硬すぎんだよ真也。こういう状況で楽しんでこそストライカーだろ?」
「・・・まあそうかもしんないですけど」
「そうと決まったら、まずは同点ゴールをこじ開けるぞ、おめえら」
「あーあ、今日は出番なしか。せっかくハットトリック決めたのに、持て余すなあ」
交代枠をすべて使い切ったことで、ベンチに引き揚げるほかの控え選手たち。そんな中、野口は本音を漏らす。それを仁科がたしなめた。
「ボウズ。試合で結果を出すかどうかは、まず監督が使うかどうかなんだ。こういうことが嫌なら、スタメンに定着するんだな。たまたまなハットトリックで、そう簡単に出番なんざ増えねえよ」
「仁科さん厳しいっすね。ま、確かにもっと早い段階でゴール決めてりゃあな」
「そういうことだ。まあ、せっかくなんでよく見とけ。うちのユースの最高傑作をさ」
同じく出番がなくなった栗栖が自慢げに語った。その理由を野口は理解した。
「あ、そうか。須藤と矢神も、ユースで得点王になってたっけな」
「ま、数字もスケールも剣崎にゃ及ばねえが、安心感はあの二人のほうがある。・・・俺が操りたかったけどな」
最後に栗栖もふと本音を漏らした。
「ど、どういうことだ…数で勝って、守備もかためているのに」
南口は、目の前の現状に衝撃を覚えずにはいられなかった。
ユース時代の連携の良さがそうさせるのか、最終ラインに組み込まれながら小宮が前線で攻撃に絡むからか、竹内がバランサーとパサーを兼ねて拮抗を保っているからか、要素を上げればきりがないが、とにかく和歌山の攻撃力が目に見えて上がっていた。加えて逃げ切り体勢を整えるための選手交代が、逆に前線への推進力を奪い、ガリバーの選手たちは11人全員が自陣に押し込まれて守備の忙殺されてしまった。日本代表の司令塔、新藤こそ残っているが、彼がインターセプトした後の攻撃が成り立たず、ボールキープしているうちに矢神や竹内からの圧力に屈してボールを失ってしまう悪循環。人数が足りているのでコースを限定させてはいるが、密集している分可動域も狭い。そこを憎々しいまでに小宮のキラーパスが通り、スピードのある矢神や須藤が再三裏に抜け出し決定機を作った。
惜しむらくはそのほとんどがオフサイドを取られてフイになっていたことだ。
「うげー、またかよ~」
「考えもしないで突っ込むからだ。間合い図るとかもっと工夫しろ!」
天を仰ぐ須藤に説教する矢神。しかし、須藤も駄々をこねるように反論する。
「ンなこと言ったって、相手はプロっすよ。場数が違う以上俺が変に駆け引きしたって・・・」
擁護したのは小宮だった。
「その通り。矢神、おめーらはまだまだぼんくら。駆け引きできるほど経験がねえ。頭の悪い犬みたいにどんどんゴールに顔を出せ」
「頭の悪い、ね・・・。もうちょっとマシなたとえないんすか」
「俺、人間なのに・・・」
矢神はもちろん、擁護された須藤も複雑な気持ちになった。
「そうだ矢神。下手に工夫するぐらいなら、どんどんゴール前に行ってくれ。オフサイドなんか気にするな」
そういって竹内がフォローしたことで、何とか気持ちはすっきりした。
「よしてめええら。もう少しだ。どんどん蹴ってゴールこじ開けるぞっ!!」
気合十分の剣崎。ただ、ここでも矢神はさめていた。
「あんたはほかに言うことねえのかよ・・・。ま、ストライカーがやるべきこともそれしかないけどね」
人間は結局メンタル的要素が強い。オフサイドに懲りず攻撃を続ける和歌山に、百戦錬磨のガリバー守備陣は疲弊していった。そして、その瞬間が来る。
「くっ・・・」
もう何度目だろうか。小宮のパスに反応して須藤が今田を振り切った。振り切られた今田は、荷が宇表情を見せながら、オフサイドと判断してほんの一瞬動きが止まる。しかし、笛はならなかった。
「しまったっ!」
現役日本代表、その守備の要のセルフジャッジによるミス。気づいても疲れ切った体は、フレッシュなルーキーのスピードについていけるはずもなく、須藤はフリーでアタッキングサードに進出。ゴール前を見た。
憧れの先輩が、鬼の形相でボールを欲していた。
「魅せてくれっ!剣崎さんっ!!」
須藤は必死の思いでクロスを打ち上げた。
思いは、通じた。
「待ってたぜっ!こんのやろうぐあぁっ!!!」
渾身のオーバーヘッドでゴールネットを揺らしたと同時に、試合終了を告げるホイッスルが高らかに響いた。




