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一歩も引かない両エース

 先制したにもかかわらず、同点に追いつかれただけでなく数的不利にも立たされるなど、一転して不利な立場となった和歌山。それでもエースは、むしろチャンスをフイにし続けた借りを返さんと、闘志をむき出しにしてゴールに迫った。


「9番止めろっ!中に入れさせるな」


 ガリバーのキーパー南口が、ディフェンダーたちに指示を飛ばす。

 しかし、剣崎は突っ込む。相手に挟み込まれようと、今の剣崎は確実にキープ力が身についている。元々のフィジカルが規格外なだけに、ポストプレーの技術が身に付けばそうそうボールは奪われない。

「野郎っ!!」

 岩上がチャージしてボールを奪おうとするが、逆に剣崎に弾き飛ばされる。そして、コースが開いた。南口にはどうしようもなかった。

「おうりやぁっ!!」

 剣崎の一撃はネットを貫かんばかりの威力を持っていた。




(すっかり皮がむけた・・・。本物の『化け物』になったようね)

 メインスタンドからガッツリ変装した叶宮勝良五輪代表監督は、その成長に唸っていた。

(去年の秋とは比べ物にならない変わり様、スタートがマイナスなら、その伸び率も尋常じゃないってことかしらね)

 叶宮監督の頭の中に描かれる青写真。それは青いユニフォームを着た剣崎の姿だった。リオ五輪を目指す年代は、10代のころに「世界」と戦う機会を失った選手が多く、存在がワールドクラスとも言えるぬきんでた個が欲しかった。いくら組織力を鍛えたところで限界はあるし、ましてや代表は即席チーム。フィニッシュを決める個人技の存在は不可欠だった。

(これで剣崎がリードした・・・。あなたはどうかしらね。櫻井)

 叶宮監督の視線は、前線で援護を待つ櫻井に向けられた。




「2点か・・・あいつすげえなあ・・・名前なんだっけな」

 遠くから剣崎の活躍を見ていた櫻井は、自分の記憶を探るようにつぶやいた。が、飽きたようですぎにやめる。

「まいいや。どうせいつか思い出すし、めんどくさい。でも、俺より点取るなんて・・・正直、むかつくよね」

 櫻井の目が据わった。


 再び試合は和歌山の展開になるが、前半もアディショナルタイムに差し掛かるころ、櫻井は味方のゴール前で小宮のキラーパスを奪った。

「は?」

 さすがの小宮もあっけにとられる。それくらい自然に奪ったのである。

「サンキュー」

 そう言って櫻井は振り返った。そして派手なドリブルを見せた。

 一言で言ってしまえば、ドリブルというよりダンスだった。

 動きが大きすぎて隙だらけ。雑なプレーだった。

 だが、誰一人止められなかった。

「くっそ、なんだよこいつあ。こんなひでえドリブルなのに・・・」

 かわされた長山はそうつぶやくしかできない。

 普段は鬼神のごとき存在感で一対一を制する友成も、櫻井には全く通用しなかった。あっさりかわされて同点ゴールを許す。

(こいつ・・・。前に万博でやった時よりも、訳わかんなくなってやがる・・・)


 ゴールからボールを取り出しながら友成がぼやいたところで、前半終了のホイッスルが鳴り響いた。




「あーくそっ!やっぱ納得いかねえ・・・」

 ロッカールームに戻るなり、首にかけていたタオルを投げ捨てて、長山は愚痴をこぼしていた。バゼルビッチの退場についてだ。

「あれが退場なら最初のやつがそれだよ。あの審判どこに目えつけてやがんだ」

「落ち着け長山。今さら言ったところでどうにもならん。それにお前のカードは余計だろ?」

「でもチョンさん。俺、ずっとあいつのプレー見てたんすよ・・・」

「それでも判断を下せるのは審判だけだ。長山」

「監督」

「納得できないものであろうと、審判は絶対だ。それ以前に、彼らがいるからこそサッカーが成り立つのだ。経緯を忘れた抗議は単なる愚行でしかない」

「す、すみません・・・・」

 肩を落とす長山の背中を、バドマン監督は叩く。

「君が仲間思いであることは十分理解している。だが、受け入れて切り替える潔さも必要だ」

「はい」

「さて、後半については、布陣、メンバーともにこのままスタートする。前線は剣崎一人になってしまうが、今の彼は一人で打開することも、キープして仲間を待つこともできる。彼を中心にして反撃しよう。試合はふりだしに戻っている。我々にもまだチャンスはある。気持ちを切らすことなく戦おう」


 バドマン監督がロッカールームを出ると、剣崎は手にしたドリンクを一気に飲み干してため息をついた。

「くっそー、前半、もっと前の時間に点が取れてりゃな・・・。コミのいうように、俺が退場させちまったもんだよな」

「おめーが反省する必要なんかねえよ。2点取ってんだし。するとれすれば、トラップミスでピンチ招いちまった俺だよ」

 剣崎を茶化すように内村が言う。それを小宮が毒づく。

「ほんとっすよ。なんであんなところで素人レベルのミスするのかね?やっぱポンコツに違いねえな、あんたは」

「ははは。今は言われてもなんも言えねえな」


 そこでロッカールームの扉が開いた。バゼルビッチがバドマン監督の娘でトレーナーのリンカを伴って入ってきた。

「バズがみんなに言いたいことがあるんだって。聞いてくれる?」

 全員がこちらを見たのを確認してから、バゼルビッチは話した。

『・・・すまない。あの退場は完全に俺のミスだ。長山さんはかばってくれたが、雑に行き過ぎた。最初のタックルでカードが出なかったことをいいことに、気が緩んでしまったんだ。剣崎がなんとか2点取ってくれてるからまだ負けてないが、後半に入る前に、一言謝らせてくれ』・・・ゴメン、ナサイ」

 最後は日本語で謝り頭を下げるバゼルビッチ。剣崎が拍手を送った。

「気にすんなよバズ!終わったことはしょうがねえし、また試合出て活躍してくれたら問題ねえよ。それに、俺がハットトリックかまして来るから、安心して見てろって!」

 そう言って親指を立てる剣崎。ほかのメンバーも拍手を送ったりエールを送ったりしてバゼルビッチを励ました。そして自分たちの気持ちも切り替わった。

 数的不利で後半に臨むというのに、そういうプレッシャーを感じることなく、選手たちはピッチに向かっていった。

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