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龍と竜の邂逅、再び

 セレーノ戦で息を吹き返し、3連勝と好調を維持する和歌山に対し、同じく自動昇格でJ1に帰還したガリバー大阪は苦戦が続いていた。



「なんやねんお前らっ!しゃんとせえやしゃんとぉ!」

「一昨年とあんま変わらへんやんっ!またJ2に落ちる気かぁ!」


 等々力のアウェーゴール裏席では、3−1で敗れて挨拶にきた選手たちに、駆けつけたサポーターが罵声を浴びせていた。

 日本代表の新藤や今田ら主力のほとんどが残留し、絢爛豪華なメンバーでJ2を戦ったガリバー大阪。「一年でのJ1復帰」という最低ノルマは達成したものの、優勝は新興勢力の和歌山に持っていかれてしまい、サポーターの間には「J1で倍返しやっ!」という声があった。無論選手たちにもそんな思いがあった。甲府に4ゴールを浴びせて復帰戦を飾り、開幕3連勝と好スタートを切ったものの、ここ3試合は2分け1敗と失速。しかもいずれも複数失点で敗れており、それが一昨年とダブった。サポーターの叫びは悪夢の再来に対する怯えかもしれない。



 そんな状況下でも、飛びっきりな能天気がいる。



「ぬあ〜ぁ!はーら減った。食いもんなんかありますかねぇ〜」

 誰もがうなだれるなか、エースの櫻井竜斗は背伸びをし、首を鳴らして、腕を頭で組んだ。

「おまえねえ…ちった空気読めや。暢気も大概にせないかんぞ」

 日本代表ボランチの新藤が、さすがにその振るまいにツッコむ。苦笑いを浮かべているのは新藤だけで、他は睨むように櫻井を見る。しかし櫻井は平然と言い切る。

「だって俺フルタイム走りづめだったっすも〜ん。ゴールもとったし腹減っちゃって。カレーかカツ丼か食いたいっすねぇ」

「わかったわかった。宿舎に戻ったらなんかあるから。とりあえず頭の後ろで腕組むな。みっともないから」




 失速するチームにおいて、櫻井は開幕から好調を維持していた。ここ4試合で計6ゴール。シーズンでもトータル8ゴールで当然チーム得点王と目に見える結果を残しているのだが…本人に自覚はないがチーム内での人望は薄かった。

 確かに今の言動に見られるように、振るまいに問題があるのだが、それ以上に彼のポテンシャルに周りがついていけないために浮いているのが原因であった。基礎云々がまるで身にはついていないが、本場ブラジルのストリートサッカーで磨きに磨いたテクニックは、他の日本人選手たちにとって次元が違っていた。当然パスも合わないし、仕掛けるタイミングにズレも出た。辛うじて新藤や最近2トップを組むブラジル人FWランスとの連携でなんとかなっていた。



「個人技で打開してくれるのはありがたいが…、もう一年近くになるのに未だに合わないのがなぁ…」

 指揮官の長谷山監督にとっても、櫻井の孤立は悩みの種でもあった。もどかしいのは櫻井に否らしい否がないこと。櫻井は守備をサボるわけでもなければ、チームメートと距離をおいているわけでもない。むしろ誰よりも走ってるし、練習では持ち前のリフティング芸で和ませるなど雰囲気づくりにも貢献している。なによりサポーターの人気も高いのだ。

「ま、次は紀三井寺。切り替えるしかないか」

 とは言いながらも、長谷山監督は首をかしげていた。





 突出した才能は切り札となる一方、組織を害する異物ともなる。ということは和歌山の場合、異物だらけだからかえってまとまっているとも言える。怪物ストライカー剣崎と、王様系ファンタジスタ小宮の共存が成立しているのは、そういうことになる。




「大森っ、俊也をつぶせっ!!」

「オッケーっ」

「なんのっ!!」

「トシっ、こっちだ!」


 練習場での光景。相変わらず和歌山の練習は活気がある。フォワードが実践さながらのフェイントを見せれば、ディフェンダーも本気のスライディングでボールを奪いにかかる。

 激しく切磋琢磨を繰り返す選手を見ていると、和歌山にも質の高い選手は他にもいる。しかし、お忍びで練習場に足を運んだ男の視線は、剣崎と小宮に注がれた。


「いけっ!」

「うぉっし、任せろぃっ!」

 栗栖のパスを受けて剣崎がゴール前へ。一対一で対峙する若手キーパー本田はすぐさまシュートコースを塞ぎにかかる。しかし、剣崎は冷静に本田の飛び出しをかわすと、落ち着いてゴールにボールを流し込んだ。


「ええ〜っ剣崎さんすげえ普通のゴールじゃないっすか。ぶっぱなさないシュートなんてらしくないっすよ」

「だははっ、俺も進化してんだよ真吾」

「はー、パネえっすねえ」



「大したもんねえ…。人間って化ければあっという間だわね」

 かけてるグラサンを少しずらして、五輪代表の叶宮監督は呟いた。

(ま、アタシとしては前のままでも良かったけどね。このまま成り下がってほしくはないけど、あれが覚醒ならいよいよ止められないわね)


 叶宮監督はそこで練習場を後にした。


「次の紀三井寺、アタシの楽しみなストライカーが共演するわね。胸が踊っちゃうわね」


 立ち去るとき、叶宮監督は自然とスキップしていた。




 剣崎と櫻井。異質なストライカーは、週末の紀三井寺で相対する。

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