J1蹂躙中
リーグ戦第7節。アガーラ和歌山はビッグスワンに乗り込み、4万人の大観衆の前で新潟を血祭りにあげた。
「くんぬぉっ…」
ディフェンダーを背負いながら、剣崎はキーパーと一対一に。
「でぇいっ!」
そのまま強引にシュート。百人もいない和歌山サポーターとベンチの一同が沸いた。
「お前すごいな…。ドリブルなんていつ身に付けたんだ?」
去年までの戦友で、今年から新潟でプレーする小西は、歓喜の輪が解けてポジションに戻る剣崎に声をかけた。
「はは。俺もJ1仕様に生まれ変わったんすよっ」
「やれやれ…ますます手がつけられなくなりやがって」
小西は苦笑しかできない。何せまだ前半なのに、ネットを揺らされたのは三度目なのだ。
スタメン
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF7桐嶋和也
MF2猪口太一
MF4江川樹
MF16竹内俊也
MF11佐川健太郎
FW25野口拓斗
FW9剣崎龍一
代表合宿から戻った友成と小宮は、本人の強い要望でベンチ入り。その二人に一泡吹かそうと、スタメンの面々は張り切った。
開始早々、竹内のセンタリングを野口が落として佐川が二戦連続のゴール。間髪入れずに直後のセットプレーで竹内のフリーキックを大森が頭で押し込み追加点。そして冒頭の剣崎のゴール。
「すっかり立ち直った…というより、チームとして生まれ変わった。突然変異なんてあるんだな…」
新潟の柳沢監督は、達観したように呟いた。
後半、バドマン監督は「スキあらばどんどんバイタルエリアに顔を出す」ように指示。ディフェンスラインをより高い位置に設定。猪口、ソン、バゼルビッチもシュートを放つようになり、後半半ばに猪口のロングシュートが決まった。
新潟もカウンターからチャンスを迎えるも、エース河内の二度の決定機はいずれも天野がしのぐ。そして終了直前、「出たい」と直訴して出場した小宮のアシストで剣崎が2得点目。敵地で5−0の大勝を納めた。
その勢いは翌週の第8節、ホームでの清水戦でも衰えないどころかますます加速した。カップ戦がなくコンディションは有利にあったが、前節新潟戦でソンがカードの累積で出場停止。江川が接触プレーで負傷。さらにこの期間の練習試合で好調佐川が古傷の膝に違和感を訴え、スタメンが大幅に入れ替わった。
スタメン
GK20友成哲也
DF21長山集太
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF17チョン・スンファン
MF10小宮榮秦
MF16竹内俊也
MF8栗栖将人
FW25野口拓斗
FW9剣崎龍一
友成と小宮、さらに関原が復帰。連続完封を達成した天野には理不尽にも思えたが、それを顔にも態度にも出さない。このメンタルコントロールも彼の技術であろう。
「何?あんた俺のおもり?」
「そういうことになるな」
「んじゃ、インターセプトはあんたに任せるわ。しかし今日はゴールから遠いな」
ボランチでの復帰戦となった小宮は、コンビを組むチョンに言いたいことを言い、チョンは聞き流した。最後に小宮にプレッシャーをかけた。
「守備をサボるなら1点ぐらいとれよ」
「は。安い代行料金だな」
何度も繰り返すが、戦力が拮抗しつつあってもJ1とJ2には差がある。
それでも、かつて「神童」ともてはやされ、和歌山で輝きを取り戻した小宮にとって、三人がかりでマークに来た清水の選手は歯牙にもかからなかった。
「ありがたい話だ。かないもしないのによってきて、パスコースを開けてくれるんだからよ」
徹底的に小宮をマークして、和歌山の攻撃を寸断するつもりだった、清水のゴトフ監督の一手は、かえって和歌山の攻撃を活性化させた。
開始早々、小宮から栗栖、さらにその栗栖が大きくサイドチェンジ。受けた竹内は右サイドからドリブルで持ち込み、そのまま右足を振り抜き先制点を挙げた。
これ以外にも、小宮を起点として再三チャンスを生み出す和歌山。清水は1トップの長峰を除いて自陣に押し込められ、和歌山の猛攻を浴びる。途中から選手たちが自発的にマンマークからゾーンディフェンスに切り替え、小宮のパスコースを切りにかかったが、マークがつかないならつかないで、ライオンを放し飼いするようなものだった。
「ぬるい、ぬるいっ、ぬるいっ!だから古豪なんだよてめえらは。ははぁっ!」
目が死んだまま笑う小宮は、抜群のキープ力を発揮してドリブルで仕掛ける。一人がつられて小宮を止めにかかればコースが開き、そこに選手が走り込む。
先制点からずいぶん時間が経ったなか、前半終了間際に追加点。小宮のドリブル突破からチャンスを作り、フォローした栗栖から裏へ抜け出した桐嶋にパス。桐嶋のセンタリングを野口がヘディングシュート。これはクロスバーに弾かれたが、こぼれ球に剣崎が詰めた。剣崎の好調ぶりがうかがえる一方、未だにゴールが遠い野口は苦笑いを浮かべた。
エンドが変わった後半。和歌山は清水の反撃に逢う。前岡、高見と海外帰りの両ウイングがサイドから仕掛け、ゴール前の長峰にクロスを放り込む。背の低い友成の苦手分野である空中戦に活路を見出だした。
しかし、もともと和歌山のゴール前には、空中戦に強い大森がいる。バゼルビッチが長峰を抑え、そのクロスを大森がことごとく弾き返した。そのセカンドボールを清水の選手が拾ってシュートを打つが、友成の超人的な反射神経がそれを許さない。友成もまた、天野の奮起に燃えていたのだ。
「大輔の野郎…完封で俺にケンカふっかけやがって。…やりがいあるけどな」
ぼやきながらもニヤリと笑って、強烈なゴールキックを前線に飛ばす。これに野口が反応。オフサイドはない。
「今度こそっ…」
野口は冷静だった。キーパーとの一対一をかわしてシュート。ついにリーグ戦でJ1初ゴールを挙げた。
待望のゴールでプレッシャーから解放されたか、野口はその後も躍動する。後半ロスタイム直前のコーナーキックで二点目を叩き込むと、終了間際にもまたもコーナーキックでヘディングシュート。なんと一気にハットトリック。5−0の勝利の立役者となった。お立ち台にも挙がり、サポーターから喝采を浴びた。
「なかなかゴール決められなくて苦しかったんですけど…、…。やっと、送り出してくれた尾道の皆さんと…、ずっと僕に声をかけてくれた…、今石GMに…少しは恩返し、できたと…思ぃ…ます」
ヒーローインタビューで涙ぐみながら語る野口の姿は、その日のスポーツニュースで何度も使われ、和歌山サポーターの認知度は一気に高まった。
沼田さんの「幻のストライカーX」が更新したタイミングで、野口が活躍したのは偶然ですが、泣かせたのはアピールです(笑)。




