俺たちだってやれる
「お疲れ…あと、頼むな」
「任せて下さいっ!」
交代が認められ、矢神は竹内から託されて勢いよくピッチに飛び出した。
「相棒目覚めたぜ?嫉妬してなくない?」
「まあ、してるっちゃしてますよ。俺だってやれますから」
「んじゃ、きっちりやってきな」
「うす」
内村と栗栖は長々と会話をかわしながらピッチに立った。ベンチに戻る間、内村はひざをさすっていた。
「動けるっていいよねえ…」
矢神と栗栖。昨年の和歌山において二人は欠かせない主力選手だった。昨年ユースから昇格した矢神は、ベンチ入りもままならない同期生を尻目に、ジョーカーとして10ゴールを記録。栗栖はチームが生まれ変わる過程において、絶対的な左サイドハーフとして攻撃の手綱を握り、司令塔としてJ1昇格の立役者の一人となった。
しかし、ここまでの二人の存在感は気迫だった。攻撃的な選手が多く加入した中で、なかなか剣崎と竹内の牙城を崩せずジョーカーの域を出れない。栗栖に至っては司令塔としての役割、特に剣崎の「相棒」の座を知己の小宮に完全に奪われ、他の選手のコンディション次第でスタメン落ちする機会も増えた。
二人にとって、この試合は自分の価値を示すためにも大きい意味を持っていた。
「俺たちだってやれる!」
バドマン監督にそう訴え、そう思わせるためにも。
同じように、ベンチに戻ってドリンクを飲み干した竹内は、タオルを頭に被って悶々としていた。
(…久々のフォワードなのに、いいようにやられてどうすんだよ俺…。しかも去年も対戦した奴につぶされるって…)
開幕からスタメンを勝ち取り、昨年と変わらずレギュラーとしてシーズンを過ごす竹内だが、剣崎とのコンビに関しては同様に機能しているとは言い難い。いや、竹内が悪いのではなく、度々コンビになる小宮が良すぎるのである。
(…あの二人は、なんか雰囲気的に似てるとは思ってたけど…。同じピッチから見てても息合いすぎだろ。あいつがいないうちに結果出さなきゃいけないのに…)「くそ」
竹内は手にしていたボトルを投げ捨てて立ち上がる。
「フォワードの椅子…中盤の人間に明け渡してたまるかよ」
そう呟いて、アイシングを受けるためにベンチ裏に引き上げた。
「うおぉっ!!」
先制点を上げながら、和歌山は劣勢の時間が続く。だが、天野の奮起が名古屋のゴールを許さないでいた。
「みんな、絶対に慌てるなっ!周りをよく見ろっ!」
コーチングというより、味方にハッパをかけている天野。普段は物静かな印象があるため、チームを自ら鼓舞する姿は新鮮だった。
フィールドでプレーする選手たちと同じように、あるいはそれ以上に「チームメートの代表召集」というトピックスは、プレーに大きな影響を与えていた。正守護神の離脱はチームにとっては痛いが、天野にとっては千載…いや、万載一遇と言っていいチャンス。それだけキーパーの世界は過酷なのである。
(中学まで野球してた友成の努力は桁違いだった。だからあいつは守護神でいられて代表にも選ばれた…けど!)
踏ん張ってジャンプ。マクレディよりも高く跳び、腕を伸ばしてクロスボールを掴んだ。抱き抱えながら天野は心の中で叫んだ。
(サッカー初めてからずっとキーパーだった俺だって生半可な努力なんかしていない!俺だって守護神になれる!あいつの居場所を、いっそのこと奪ってやる!)
一種のランナーズハイ状態であるが、天野にも意地があった。なにより、背番号1を与えられながら、ベンチを温めざるをえない状態だけで終わりたくはなかった。だからこそ友成の苦手分野で、自分の得意分野である空中戦で光るプレーを見せていた。
『俺だってやれるっ!』
年齢が若く近い選手が多い和歌山の選手たちからは、覚醒したエース剣崎、代表合宿に召集された友成、小宮に対する反骨心がプレーから溢れていた。同点に追いつこうと息巻く名古屋の攻撃をしのぎ、次第に反撃へと転じた。そして追加点が生まれた。
「行けっ、真也っ」
インターセプトした猪口からボールを受けた栗栖は、左サイドに流れながら前線の矢神を走らせる。
受けた矢神は、対峙するモンテーロを、シザースでフェイントを入れながら抜き去り、一気にゴール前に出る。
「せやっ!」
「なんの!」
矢神の至近距離からのシュートを、楢垣は反応してみせゴールを許さない。
「セカンドっ!」
「やらすかぁっ!」
「でぉりぃやっ!」
楢垣の叫びに真流楠と剣崎が同時に動きだし、互いの足でボールをサンド。押し潰されたボールは勢いよく弾き出される。そのボールを、佐川はトラップすると狙いすまして右足を振り抜く。人垣と楢垣の合間を縫い、ゴールネットが揺れた。
「見事な完封勝利でしたが、勝因はなんとお考えでしょうか」
試合後の監督会見。記者からの質問に、バドマン監督はこう答えた。
「今日の勝利は、大げさでしょうが『代表効果』と言えるでしょう。特に天野の獅子奮迅ぶりは、友成の存在をかすませるほどでした。次の神戸戦まで私は眠れない日々を過ごすでしょう」
「先制点のシーンの剣崎選手も、進境を示したのではないですか?」
「いやあまさかドリブルでゴールを決めるとは…もしかしたらこの会見も夢の中の出来事かも知れません」
おどけるバドマン監督に記者たちは笑った。
「選手たちには引き続き今日のような気概を見せてもらいたい。これが一過性のもので終われば、我々はJ2への道を歩む羽目になるかもしれない。しかし、これが永続的にチームに波及するのなら、我々は今にJ1を荒らし回るでしょう」
バドマン監督は、得意気に会見を締めくくった。




