モンスターのドリブル
無駄に待たせて申し訳ないです。現実に抜かれてしまったので、次回辺りからまた巻くかもしれません。
(こいつ…ハーフタイムに何があった?気持ちが切り替わってる。それどころかもっといい目してやがる)
マークについた真流楠は、剣崎の変化を感じていた。前半、あれだけ圧倒したターゲットは、ハーフタイムを経て目の色が甦っていた。しかもより手強くなっている。まだプレーを見ていないが、彼の本能、いわゆる第六感が危険信号を発していた。
(…なにがなんでも、それこそ殺すぐらいの気で潰さないと…ヤバイな)
内村からパスを受けた佐川は、相手ディフェンダーとの間合いを保ちながらボールをキープ。中央に味方が揃うのを待つ。
(剣崎…竹内…一番奥にソン…3対5じゃまだキツいな)
佐川は一旦内村に戻す。
(人数不足ぅ?んじゃ、お前も入ってこい。俺が直接持ってくよ)
佐川に視線で合図を送って、今度は内村自ら仕掛けた。ダルニセンを相手に独特なステップで前進する。そして一瞬だった。
「ぐっちゃん!」
「前に?」
「そ!」
猪口が隣に来たのを察知し、虚をついた猪口とのワンツーでダルニセンを振り切った。ゴール前の人数が揃った。
「ほんじゃ行くよっ!」
内村は右サイドにボールを出して、ソンを走らせる。対面するディフェンダーを振り切り、ゴールライン手前まで仕掛けると、ゴール前へアーリークロスを放つ。
(これは届くっ!)
弾道が低いと判断した竹内が、これをヘディングで狙う。が、名古屋の守護神楢垣が鋭い反応でパンチング。それを内村が拾う。
「欲しい?んじゃあげちゃう」
内村は目の前の剣崎にそれを繋いだ。剣崎には真流楠が張り付いている。
「行かせないぜっ!」
覆い被さるようにマークにつく真流楠。剣崎は意を決した。
左足を前に踏み出し真流楠を一瞬離すと、反転してペナルティーエリア内に突っ込んだ。そして真流楠とモンテーロの間をドリブルで突破した。これには誰もが唖然とし、スタジアムが再びどよめいた。剣崎がドリブルで単独突破を果たした。事前ミーティングで「ドリブルはない」と知らされていた楢垣は、対応に遅れた。
剣崎は冷静にキーパーよりも速く右足を振り抜き、ゴールネットを揺らした。
剣崎が魅せた。それも苦手分野のドリブルからの単独突破でのゴール。理解できないサポーターが静まり返っていたが、それが現実であると理解すると次第に沸き始め、やがて火山の噴火のように爆発した。
それが合図だったかのように、剣崎は一目散にゴール裏に。サポーターに渾身のガッツポーズを示した。同じようにお祭り騒ぎとなっているベンチの中、一人黙々とウォーミングアップを続ける選手がいる。彼は剣崎を中心にできる輪をあえて見ないようにしていた。自分のことに黙々と集中し、牙を磨いでいた。
(ついに目覚めたな、あの野郎。俺も出番が来たらなんとか結果見せないとな)
試合再開。名古屋は先制を許したものの、地に足はついていた。左サイドからは玉井の突破、右サイドからは緒川の正確なクロス、攻め方の違う両翼を生かしながら、豪代表エースのマクレディにボールを集めた。まだ和歌山側も、マクレディのパワーをカバーできていないでいるからだ。どう対策を施すのか、バドマン監督の采配が注目となった。
「うわっ、あぶねえ…。大輔、ナイスセーブ!」
コーナーキックの時間は胆が冷える。何せ高さを生かしたパワープレーは名古屋の十八番だ。今もまた危ういシーンだったが、天野の奮闘で耐え忍んでいた。
「…ふむ。失点を警戒するか、追加点をなりふり構わず取りに行くか…。コーチの諸君、どう思うかね」
バドマン監督の質問に、まずは竹内コーチが答える。
「見た感じは守備のテコ入れですが…。僕はむしろ攻撃のカードを切るべきです。追加点が生まれればディフェンス陣も耐えられます」
「なるほど。松本君はどうかね」
「僕も竹内さんと同じです。そろそろ内村の足は限界だろうし、俊也もモンテーロに付き合って消耗している…攻撃陣をフレッシュにすれば、追加点も早めに取れるでしょう」
二人のコーチは、共に攻撃的な作戦を提案。バドマン監督は、自分のやりたかったことを後押しされた気分になり、自信を持って口を開いた。
「よし、それでいこう。松本君、栗栖と矢神を呼びたまえ。二人同時に行く」
「はい!」
「さて送り出す前に、君たちに聞こう。剣崎の活躍をどう思った?」
アップを終え、ユニフォーム姿の栗栖と矢神に、バドマン監督は聞いた。後輩の矢神は眉をひそめたが、親友でもある栗栖も「なんでそんなことを聞くんだ?」とでも言いたげに憮然とする。
それを見て、バドマン監督はニヤリと笑った。
「…いい表情だ。追加点を取るために、君たち二人の力を借りたい。栗栖は内村と、矢神は竹内と交代だ。ポジションはそのまま、やることもそのままだ。ゴールをこじ開ける楔となり、ゴールへ導いてもらいたい。頼むよ」
「…ウスッ」
「はい!」
シーズンオフの特訓の成果を発揮した剣崎のゴールで先制した和歌山。名古屋の猛反撃を受けるなか、追加点を狙うべくバドマン監督は二枚代えの手を打った。
試合はまだ、30分を残していた。




