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理解するより体感して身につける

 オフシーズン中の特訓をこなす剣崎だったが、その中でユニークな練習があった。


「よーし準備完了っと」


 ゴール前、宮脇コーチは剣崎の前に、狭い範囲に適当にコーンを置いた。間隔はバラバラで規則性がない。宮脇コーチの与えた課題は、このコーンを「全て倒す」ことだった。

「なーコーチ。こういうのって普通倒さないのがテーマじゃねえの?」

「だが、お前にそれをやらしたら、かわすことに意識がいきすぎてボールが足についてねえ。ならいっそ倒させてみようと考えた。一本残るごとに腕立て伏せ20な」

「げっ?!」


 立てたコーンは10本。少なくとも半分以上倒さないと100回はしなければならない。剣崎は必死にやった。しかし…



「だっ、はっ、へっ、へぇ〜」


 汗だくになり、地面に突っ伏す剣崎。腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットとメニューをサイクルさせながらこなしていくが、なかなか7本の壁を破れない。そもそもコーンは安定しているのでしっかり当たらないと倒れない。二回ほど全部倒したがシュートが打てずに失敗扱いになり、成功は実質ゼロだった。



「くそー…なんで全部倒れてくんねえんだ?」

「それは重心が十分に移動されていないからさ」

 むくれる剣崎に、バドマン監督が自らアドバイスに出た。

「さっきから見ているが、君のドリブルは腰が高すぎる。まるで綱渡りでもするかのように揺れすぎているんだ」

「そう簡単に言うけどよー、俺基本ワンタッチゴーラーだからさ、あんまドリブルしたことねえからしょうがねえだろ」

「普通は子供の頃からドリブルの練習はするものだが…、よほど親の教育が良くなかったのだろうねえ」

「笑いながら俺を見なさんな、バドマン監督。こいつの得点力を生かすにはそれしかなかったんだよ」

 にやけるバドマン監督の視線を受けて、今石GMは苦笑い。しかし、全ての練習を取っ払って得点感覚を磨かせたことが、超人的にゴールを量産させたのも事実だ。バドマン監督は剣崎の指導に戻る。

「さっきも言ったが、君のドリブルは腰が高すぎる。言うならば間接のないゼンマイ仕掛けのブリキ人形のような…」

「…それだけぎこちねえってことか」

「だからアシモをまず見習いなさい」

「は?アシモ?俺別に汗だくになっても肌荒れねえし…」

「…おまえ、それは『あせも』。アシモってのは、二足歩行のロボットだよ」

 剣崎の知識のなさと勘違いに、宮脇コーチはもはや全ての感情が通りすぎていた。ツッコミも淡々としていた。


「君が意識することは三つ。『中腰になること』『膝を地面に垂直に近い角度で曲げること』『極力摺り足で走ること』だ」

「中腰…垂直…摺り足…こんな感じか?」

 試しにボールを使わず、言われた型を意識しながら走る。さっきまでと違ってまず体の軸が中心で維持されて安定感が出た。

「できるじゃないか!その型だ。まずはそれをイメージしたままドリブルするんだ」


 こんな簡単にできれば苦労はしない。しかし、あれだけ不細工だった剣崎のドリブルはずいぶん形になった。1月中旬のキャンプの頃には、単独でのドリブルが上達した。

「足にボールをまとわりつかせろ。片足でボールを転がせ」

 その後もバドマン監督や宮脇コーチとの『三人四脚』は続く。それを自分から試すときが今だった。






 意を決した剣崎はシャワーのノズルを捻って水を止め、両手で頬を叩いた。

「見てろよお真流楠。目にもの見せてやっからなぁ!」

 勇んで戻ったロッカーは、もぬけの殻だった。

「…あれ?なんで誰もいねえんだ?」

 そう呟くと同時に、けたたましくスパイクのまま通路を走る音が聞こえる。竹内が息を切らせながらロッカールームに飛び込んできた。

「剣崎早く着替えろっ。もうハーフタイム終わったぞ!」

「いやー悪い悪い。まさかハーフタイム終わってるとは思わなかった」

「ったく、15分いっぱいシャワー浴びてたのかよ。ふやけるぞ身体」

 ばつ悪そうに頭をかく剣崎に、竹内は呆れていた。もっとも、竹内だけでなくメンバー全員が剣崎の存在を忘れかけていたのだから、どっちもどっちである。

「そういやよ、後半はどんな指示が出たんだ?」

「まあ、いろいろ言ってたよ、監督は。でもお前には一つだけだ」

「一つだけ?」

「『点をとれ』だってさ」

「…。おうよ」


 竹内からの伝言に、剣崎はニヤリと笑った。



 試合は再開された。前半のスタッツは、ボールポゼッション率、シュート数ともにほぼ互角。互いに先制の糸口をつかもうと、後半はアグレッシブな立ち上がりになった。仕掛ける名古屋を和歌山が真っ向から迎え撃つという構図。和歌山は桐嶋、ソンの両サイドバックが、持ち味の走力を生かして果敢に立ち向かった。


「ちっ、このガキ…」

「ちいせえからってなめんなよ!俺だってダテで一けた(背番号)つけてねえぜっ!」

 左サイドの攻防。久々のスタメンに気合いが入っていた桐嶋は、緒川との競り合いの末、ボールを奪って仕掛けた。桐嶋は内村につなぐ。


「さーて、エース様のために、残りのメンバーはお膳立てにいそしむかね」


 内村はそうつぶやき、ほくそ笑んだ。


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