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静かに、ただ静かに

 ハーフタイムとなって、ベンチ入りしたメンバーが、ピッチに出て身体を動かす。

「クリさん、剣崎さん大丈夫なんすか?」

 ペアを組んでパス交換の練習の最中、根島は先輩の栗栖に聞いた。

「何が?」

 栗栖は素っ気なく聞き返す。根島はややうろたえながら再び聞く。

「い、いや、あの人いつもなら点が取れなかったらすげー吠えるじゃないですか。『ちくしょう』とか『だーくそっ!』とか。でも、今ロッカーに戻るとき、すげえだんまりだったじゃないすか」

「ま、自分の得意分野でぼろ負けして、伝家の宝刀も止められたんだ。吠えるとか云々を越えちまったんだろ」

「…やっぱ、相当へこんだんすかね」

「へこむ?あいつが?お前も浅いな」

「く、クリさん。心配じゃないんすか?付き合い長いのに」

「スタメン落ちした今の俺は、いくら剣崎であっても構ってらんない。今は自分で手一杯だ」

「そ、そうですけど…」

「あいつはへこまない。だんまりは…そうだな。ヒヨコが殻を割ってるのとおんなじさ。ネジ、出番あるかもしれないから、お前も試合に集中しとけ」

「は、はい」


 栗栖も気にならない訳ではない。しかし、それ以上に今の自分は瀬戸際なだけに、いつ来るかわからない出番に備える方が重要なのだ。

(あいつは必ず想像を超える。俺は脚を磨いて待つだけさ)





「ん?剣崎はどこにいるのかね?」

 ロッカールームに入ったバドマン監督は、見渡して剣崎がいないことに気づき、他の選手に尋ねた。

「来るなり裸になってシャワー浴びにいきましたよ。呼びましょうか」

 竹内からの答えを聞き、バドマン監督は頷き、竹内の提案を退けた。


「いや、構わん。戦い方がどう変わろうと、彼の仕事はゴールを決めることただ一つ。頭の中を整理したいのなら、その時間を与えた方がいい」

 せきをひとつして、バドマン監督は天野をたたえた。

「しかし天野君、君はよくやってくれた。あの名古屋の猛攻をよく凌いでくれた」

「あ、ありがとうございます」

 握られた手の強さに、天野は照れた。

「さて、我々はどちらかと言えば劣勢だ。エースが相手のセンターバック真流楠に完全に封じられている。しかし、それを打ち破れば、流れも勝利も手繰り寄せることができる。これからそのための策を授けよう」







 その頃の剣崎。水道代が心配になるくらいの水量を、水のままひたすら浴びていた。タイルの壁に両腕をはりつけて突っ立っていた。耳にはシャワーの音しか聞こえていない。



「口先だけだな」



 そのフレーズだけなら普段から友成に言われているが、からかいの域で反論もする。しかし、真流楠から言い放たれた言葉は、心底突き刺さった。自分に対する発言に初めて反論できなかった。いや、そもそもそんな気すら起きなかった。




(これがJ1…日本のトップか…力任せじゃもうどうにもなんねえのか…)


 悔しかった。ただ単純に。負けたこと以上に、自分の技術の浅さに。これまでは積極的なシュート意識と、身体能力をフル活用した強引さでなんとかしてきたしなんとかなった。だが、J1昇格の今シーズン、持ち味が発揮されているとは言い難い。目の覚めるようなシュートや、勝負どころをモノにできる勘の強さは光ったが、技術面やフィジカル面がなかなか通用していない。今のとこら、J1での剣崎の位置づけは「動けるデカブツ」といったところか。




(…オフにオッサンに叩き込まれたこと、宮さんから習ったこと、ぶつけてみる時がきたか)

 頭から滴る水を気に止めず、剣崎はオフ中のトレーニングを想起した。



 昨シーズン。アガーラ和歌山のオフは長かった。制覇したJ2のリーグ戦は11月中旬に閉幕。天翔杯もシーズン中に敗退したことで、12月はほぼフリーだった。その際中、一部選手はマンツーマンのトレーニングを課せられ、J1への下準備をしていた。


「おら剣崎っ!いつまでチンタラドリブルしてんだ?サッカー初めたてのガキの方がまだうめえぞ」

 ストップウォッチを手に、今はユースの監督を勤める宮脇コーチのちゃかしに、剣崎は歯を食い縛りながらドリブル練習をしていた。設置されたコーンとコーンの間をジグザグに走るというものだが、ドリブルが大の苦手な剣崎のそれはとにかくたどたどしい。ほんの10メートルのドリブルですら苦労していた。

「ハハハ。ミヤよ、俺のかわいい息子をそういじめんなって」

 そばで見ていた今石GMは、ニタニタ笑いながら言う。

「ばか野郎。お前がユースの時にしっかり指導しかねえから苦労してんだよ。力任せだけじゃJ1でやるには限界がある。このオフにみっちりボールの扱いを身につけさせねえと、うちの得点源が一つ減るだろ」

「ハハ、ちげえねえや」

「オヤジも宮さんもそりゃねえだろ?今の時代は体罰ダメだろ?」

「これが体罰なら練習自体が存在しねえよ!グダグダ言ってねえで黙ってドリブル練習しやがれ」



 無論、これは付け焼き刃には違いないが、できるできないで選択肢に差が出るのは確かだ。だが、J2の通算ゴール記録を塗り替えれたのは、著しいトラップ技術の向上の賜物でもある。やりようによっては短期間で爆発的な成長も可能である。首脳陣はそう考え、剣崎にマンツーマンでのドリブル特訓を課していたのである。

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