ぶっつけ本番
1本目は2−0で勝利。練習試合とは言え、上々の初陣である。主力を中心に既存の戦術で挑んだ結果であるが、2本目はその全てを刷新して臨んだ。
2本目スタメン&布陣
3−4−2−1
GK1天野大輔
DF23沼井琢磨
DF2猪口太一
DF22仁科勝幸
MF21長山集太
MF4江川樹
MF3内村宏一
MF7桐嶋和也
FW36矢神真也
FW11佐川健太郎
FW18鶴岡智之
まず最終ラインは4バックから3バックに、中盤はダブルボランチの両サイドにウイングバックを配置し、状況に応じてアップダウンし5バックにも変化する。前線も鶴岡が1トップ、佐川と矢神が2シャドーとして衛星的な動きでゴールに迫る。どちらかと言えば世間のスタンダードになりつつある布陣で、日本代表の現監督が好むタイプだ。だが、選手たちは明らかに戸惑っていた。まずもって練習のミニゲームですらしていない、ぶっつけ本番の布陣だ。距離感がつかめないし、パスもあわない。ちぐはぐなプレーに終始し、開始10分で2点を奪われた。
「やれやれ…またずいぶんと不様だね。もうちっとシンプルに行きましょうかね」
ボールを受けた内村は、鶴岡目掛けてロングボールを打ち上げた。長身FWへロングボールを放り込む戦術は、サッカーにおいてもっとも単純な攻撃だ。残留争いから抜け出せず、戦術が手詰まりになった弱小クラブがよくとる方法で、芸はないが即効性はある。ぶっつけ本番の布陣で打開策が見えないない中、まずはシュートチャンスを生み出すことが肝要と内村は判断した。
実際、待ちわびたように佐川が鶴岡からボールを奪い、密集してきた相手ディフェンダーを交わしながら時間を稼ぎ、空けたスペースに走ってきた矢神にパス。矢神は先輩の期待に応えて、冷静に得点を奪った。
「健さん、サンキュっす。ごっつぁんもらいましたよ」
「なぁに、まだ俺は新参者だからな。次は渡さねえからな」
アシストした佐川はまだまだ余裕の表情。スペインで武者修行してきたころと比べると、日本でのプレーは何かとやり易いのだろう。2本目のメンバーにおいて、ワンプレーで攻撃の軸として頼られた。
そして佐川は一気にこのゲームの主役になった。
「カズっ!中、走れ」
「はいっ」
30分過ぎ、中央でボールを受けた佐川は、桐嶋とのダイアゴナルラン(斜めに走る動き)でサイドに流れるとゴール前にアーリークロス。鶴岡の同点ゴールをアシストした。終了間際に仁科が相手にPKを献上して勝てなかったが、いずれの得点に絡んだ佐川はその存在を誇示できた。
「いやぁ健ちゃんイケてるねえ。ぶっつけ本番の布陣で攻撃に色つけてさ」
「あのままロングボール戦術に終わったらこのシステムが使えなくなるからな。これぐらいできなきゃ海外で生き残れねえだろ?元ブンデス寸前よ」
「言うねえ〜エスパニョーラ寸前」
内村と佐川のやり取りを見て、仁科は肩身が狭まる思いになった。
(くそ〜…ベテランが足引っ張るなんざ情けねえぜ)
一勝一敗での3本目。実験色が強いといっても、勝つのと負けるのとではやはり勝つ方がいい。鳥栖側もそう思っていたか、2本目は休ませていた豊永、見沼といった主力を戻した。真剣勝負の色合いが濃くなったところで挑む3本目の和歌山は、かなり攻撃的な布陣となった。
スタメン&布陣
4−3−3
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF10小宮榮秦
MF3内村宏一
MF8栗栖将人
FW11佐川健太郎
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
この布陣、一番の目玉は中盤。3ボランチと言うよりも3ゲームメーカー、守備のイメージはほとんどない。「この中盤、守備ザルじゃね?」という心配はあった。
だが、それよりも「こいつらの攻撃力ってどうなんだ?」という期待の方が強い。鳥栖側も守備の隙より段違いの攻撃力のほうに注意がいった。
「さてコミちゃんよ。お前どんなイメージある?」
始まると、内村が小宮を茶化す。
「フン。あんたはどうなんだよ。何も考えてないみたいだけど?」
「いやぁ贅沢過ぎてなかなか思いつかないのよ。向こうさんのパスを邪魔しながら考えようかと」
「ほー…俺とあんたって結構似てんだな。おんなじこと、俺も思いついてた」
「そうかい。まあまずは『サボる守備』を見せていこっか」
「それ賛成。走るのはめんどくせえし」
内村と小宮に対するイメージは「蹴るだけの旧式ファンタジスタ」だ。とにかくこの二人がボールホルダーに対して果敢にプレスにいく姿は想像できないし実際にしない。そのためいわゆる「日本代表の時だけサポーター」みたいな人間からはサボっているようにしか見えない。実際「サボってないで走れ!」と野次られることは日常茶飯事だ。
だが、ピッチ上の人間の感想は真逆だ。鳥栖のMF高梨は、二人の守備に翻弄されていた。
(くそ…こいつらウゼえ。出そうとするところにチラチラ居やがる。それでいて奪いにもこない…おんなじ間合いを保っててやりにくいな)
二人は奪いにかからない代わりに、パサーがパスを出す方向にポジションを変えた、インターセプトの可能性をちらつかせてプレッシャーをかけた。常にパサーの視野に入ることでパスコースを遮断し、また「自分の考えが筒抜けになっている」と思わせ、プレーに迷いを与えた。スポーツは実はコンマ何秒の世界での戦いである。迷うことでわずかでも動きが止まると打てる手が限られる。この「オーバーヘッド」シリーズ内において、この「動かない守備」は何度となく取り上げてきたが、世界レベルのMFはほんの数十センチポジションを変えるだけでパスコースを遮断するのだ。そして、高梨が迷った瞬間、栗栖が素早いプレッシングでボールを奪うのである。
「一気に行くぜ、お三方っ!」
栗栖はそう言って三人のFWに走り出すよう指示し、鋭いパスを前線に送った。