ゴール前の格闘技
名古屋ゴルドオルカス。いわゆるオリジナル10のひとつではあるが、天翔杯優勝こそあれどリーグ戦では冴えない成績が続き、長らく中位に甘んじていた。しかし、2008年。「ピクシー」と呼ばれたセルビア人ファンタジスタ、ドレゴン・セイコフビッチが監督に就任してから突然変異を起こし、2010年にリーグ制覇。以後も元日本代表を多数抱える選手層を武器に上位に君臨してきた。ここ数年は凋落の気配を見せたが、今シーズンからJリーグ最多勝監督、錦野剛を迎え、パワフルな選手たちによる攻撃的なサッカーを志向する。
その名古屋の象徴と言えるのが、日本随一の武道家…もとい、センターバックの中田ホベルト真流楠である。闘争本能を擬人化したかのような存在感はもちろん、卓越したポテンシャルで相手FWを圧倒するモンスターである。
さらに名古屋にはセンターバックのモンテーロ、ボランチのダルニセンの両ブラジル人、豪州のエースFWマクレディと怪物クラスのフィジカルを有するタレントがそろう。和歌山の面々がまともに戦えるのかという不安がつきまとった。
「まあ、でかいに越したことはないけど、でかけりゃいいってもんでもねえしな。うちにだっでバケモノはいるしな」
「宏やん、誰のこと言ってんだよ」
「お前しかいねえだろうや、剣崎」
試合開始前、円陣を組む最中の内村と剣崎とのやりとり。剣崎の返答は、自覚がまだないことの現れでもある。
「ま、今日はベンチを含めて若い連中ばかりだ。ちょっくら気張って、勝てる流れ作ろうぜ、健ちゃん」
「ま、流れはな。乗れるかどうかは乗るやつ次第だから、負けた時のケツは持たないぜ」
「男のケツなんかきたねえよ。どうせ持つなら女の…」
「はいストップ。まだ昼過ぎだ」
なお言おうとする内村を、佐川は止めた。
内村と佐川の同時起用。これはバドマン監督が、この試合で重きをおいたものに対する意図だった。二人は海外でプレーした経験や、そこで生き残るために磨いた術が、普通の日本人とは少し違う。いつでも試合のリズムをいじくる力を持っていた。小宮という絶対的存在が不在の中、それを補うために考えた策だった。
「大丈夫ですかね。名古屋のパワーは生半可なテクニックをねじ伏せられる。結構厄介ですよ」
「無論だ。竹内君。だからこそ内村と佐川の同時起用なのだ。リズム感を変えることはもちろん、内村の独創性ど佐川の俯瞰を持ってすれば、剣崎と竹内を十二分に援護できる。ただ、惜しむらくは関原がいないことだな」
「まあ踵を痛めたそうで。出ようと思えばいけたらしいですが」
「うむ。しかし、まだ開幕して一月。治せる怪我は軽いうちに治せばいい。命運を握る山場はまだまだ遠いのだからね」
前節、和歌山はセレーノ、名古屋はガリバーとそれぞれ大阪のクラブ相手に引き分け。しかもビハインドを追い付いての引き分けである。前節終盤のいい流れを、なんとかこの試合に繋げたいところだろう。
どの選手も気合いが入っているのだが、一層そう感じさせるのは、今シーズン初先発のGK天野だった。
(またあいつがいなくなってのスタメンか…)
キックオフ前、天野はふとそう思った。同じように切磋琢磨してきたユースからのライバルが、J1でセンセーショナルなデビューを飾り、まだ候補の段階であるが代表に召集された。さすがに気が気ではない。ただ、それで気持ちを折るようなことはない。それがユースで鍛えられ、ベテランの吉岡から説かれた「キーパーのメンタリティー」だった。
「せっかく出番が回ってきたんだ。友成の帰る場所を無くすぐらいの気でやってやるか」
試合は慎重な出だしだった。ホームの和歌山ボールで始まったが、内村を中心に丁寧なパス回しで名古屋の出方を伺っていた。対する名古屋も慌てて奪いにはかからず、パスコースを遮断するポジショニングを取った。
「うーむ…お互い静かだ。チャンネル変えられる前に一発行くか」
ニヤリと笑った内村は、すぐさま前線に蹴り出した。これに反応したのは竹内だ。すぐさまトップスピードでボールをトラップし、そのままドリブルで仕掛ける。対峙したのは、昨年まで尾道でプレーしていたモンテーロ。普段は剣崎を相手にしていただけに、互いに勝手がよくわかっていない。一瞬の手探り(足探り?)から、先に竹内がサイドステップでかわしにかかった。
『ぬおっ!』
「何っ!」
振り切った…と、思われたが、モンテーロは長いリーチを生かしてボールを奪う。反動で竹内は倒されたが、モンテーロの足はボールに行っていてホイッスルはない。サポーターは騒いだが、当の竹内は舌を巻いた。
「でかいだけじゃないな。ま、剣崎とやりあってたんだから、ある程度反応がよくて当然か。…なめてちゃいけないね」
和歌山はさらにチャンスを作る。再び内村が前線に蹴り、今度は佐川がパスを受け左サイドを疾走。相手サイドバックを振り切って、剣崎目掛けてクロスを打ち上げた。
「よっしゃぁ先制て…」
「ぬおあぁぁぁっ!!!「ぶげひっ!」」
ゴール前の空中戦、ヘディングの体勢に入っていた剣崎を、裂帛の咆哮と共に弾き飛ばしボールはクリアされた。うつ伏せになった剣崎は、声を挙げて悔しがった。
「ちっくっしょおっ!この俺が競り負けるなんてえー…やるなあんた」
振り向くと、名古屋のセンターバック真流楠が、ドヤ顔で仁王立ちしていた。
「あーあ、剣崎が負けるぅ。こりゃしんどくなりそうだ」
内村はボリボリと頭をかいた。




