キャッチフレーズは「一陣の風」
案の定と言うべきか、見事なまでのオウンゴールを献上してしまった剣崎。さすがに責任の大きさを痛感したか、真っ先に友成に謝った。
「わ、悪いな…ミスっちまった。ハ、ハハ…」
大きな身体を縮めて頭を下げる剣崎。対して友成はこう返した。
「…見事な『ハットトリック』だ。恐れ入ったよ」
ある程度予想はしていたが、こうも見事に決められると、怒りも呆れも通り越して友成の顔には笑みが浮かんでいた。
ただ、目つきはかなりよどんでいて、笑っていないというレベルでなかった。禍々(まがまが)しい目力に、剣崎は決断した。
「すいませんでしたあっ!!」
これ以上ない美しい土下座を、本能的に披露していた。
「ビハインドか。苦しいな」
センターサークルにボールをセットして、竹内はふと呟いた。それを聞いた小宮は、吐き捨てるように言った。
「それがゴールを期待された男の言葉かよ。フォワードはゴール以外に価値がねえんだから結果出せや。むしろここでできなきゃ、てめえは二度とストライカーを名乗んなよ」
言い終えると同時にホイッスルが響いた。
小宮にはああ言われたが、竹内には喫するものがあった。
(あいつの言うように、これが俺の分水嶺だ。俺だってストライカーだってこと、きっちり示さないとな)
話は3週間ほど前に遡る。
劇的勝利の開幕戦から一夜明けた翌日の練習日。リカバリートレーニングのメニューを終え、クラブハウス内のジムでトレーニングしていると、竹内はふらりと現れた佐川に、唐突に言われた。
「お前ってなんもないのか?」
「い、いきなりなんなんすか…」
「いやさ。開幕戦めっちゃ走ってたけどさ。よくまあそこまで『自分』を殺せるのなと思ってさ」
佐川は和歌山に入団後、なにかと攻撃的なポジションでプレーする選手に声をかけた。話の内容のほとんどは他愛ない雑談だったが、時折心得らしきことをささやく。ただ、この日の佐川は「俺の独り善がりでもあるけどな」と前置きしながら、竹内に対して不満をぶつけた。
「なあタケよ。お前の持ち味って何なんだ?」
「持ち味ですか?…まあ、スピードには自信あります。あとスタミナも」
「ま、それが開幕戦の献身的な運動量に繋がるんだろうけどな。でもよ、それってフォワードでなくても出来るよな」
フォワードでなくてもできる。その言葉が竹内には引っ掛かった。
「お前はドリブルがキレキレじゃん。そんで自力で縦突破できるじゃん。それすげえ重要だぜ?流れ悪いときにそういうのでもっと賭けに出ろよ。剣崎がどんどんシュートぶっぱなしたのと同じでよ」
「なんか…かなり無茶な考えじゃ。広島の守備はそうそう破れるものじゃなかったし」
「お前って自己評価低いなぁ。でもよ、お前のドリブルはうちの立派な武器だ。第一、うちのサッカーはリスク度外視なんだろ?ここぞの時、特にお前にゴール期待された時にゃ仕掛けろよ。もったいないぜ」
あの時言われたここぞの時。それが今だと思った。
(ベンチから見てたけど、セレーノのセンターバックの下山さんと藤森さんは、高さはあるけどスピードならなんとかなる。小宮はそういうボールくれないかな)
そう思った時に、小宮と目があった。小宮は、竹内の意欲を感じ取った。
「はっ。てめえもそういう目できんのか。それでこそストライカーだ」
満足げに呟きながら、小宮はキラーパスを放った。竹内との呼吸は合っていた。
「行くぜっ!」
ギアを上げた竹内のドリブルは、まさに『一陣の風』だった。この試合、初めてリードを奪ったセレーノの選手たちに、その技術を見せつけ圧倒した。
「なっ…」
「うおっ!」
立ちはだかるディフェンダーを振り切り、竹内は密集地帯を突破。キーパーと一対一に。そして…
「あっ…」
間合いを詰めたパクの目の前で軽くボールを浮かす。鮮やかにあざ笑うループシュートで、優しくゴールネットを揺らした。同点に追い付いた。
残り五分。ランポビッチ監督は、疲れの見える萩原、ファルカンに代えて長谷山、楠原を投入。再び勝ち越しを狙う。
一方のバドマン監督も、栗栖に代えて鶴岡を投入。パワープレーによるこじ開けを目指した。
「剣崎」
その最中、友成は剣崎を呼び止めた。
「まだ負けてねえよな」
「はあ?ったりめえだろ?」
「だったらとにかくボールを蹴っ飛ばせ。てめえのキック力ならいいロングパスになる。奪ったりもらったらとにかくゴール目掛けて蹴れ。それでオウンゴールはチャラだ」
「うぉしっ、やってやらぁ!」
オウンゴールを犯し、名誉挽回の機会を探していた剣崎は、友成の指示に張り切った。ここへ来てセンターバックの守備に慣れ、クロスボールを跳ね返しまくっていた剣崎は、ロングボールを使った戦術においてその存在感を増した。
(ケンザキ張り切ってる。俺だって負けてらんねえ。イノグチの援護もいい加減生かさねえとっ)
そしてソンも、最後の馬力を見せる。さんざん新発田に手こずっていたが、ここへきて主導権を取り返しつつあった。
「くっ、このチビ、チョロチョロと」
ソンを抑えようと動いても、それを邪魔するかのように猪口もポジションをとる。新発田をフォローしようとする選手も、チョンが目を光らせてその芽を摘み取った。
剣崎のロングボールと、オーバーラップしたソンのアーリークロスを鶴岡が落とし、それを竹内と小宮が拾ってシュートを打つ。攻撃パターンが確立された和歌山は攻撃の圧力を強めた。
だが、それでもゴールは簡単に割れるものではない。そしてアディショナルタイム、目安の3分が経過した辺りでセレーノが最後の反撃。
守護神パクが竹内のシュートをキャッチした直後、強烈なパントキックで一気に前線へ。ただ一人反応していた晴本が、前がかりになった和歌山の最終ラインの裏を取り、友成と一対一の状況に。スタジアム中がゴールを確信した。
「もらったぁ!」
「やらすかっ!」
セレーノのエースと、アガーラの守護神のタイマン。結果は友成が勝った。至近距離からのシュートに反応し、右手一本で弾き出した。
その直後、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。




