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眠れる獅子ならぬ龍

「ぬー…どうもうまくいかねえなあ…」

 オフ明けのトレーニングの日、リカバリーメニューをこなす最中、芝生の上で仰向けになった剣崎がぼやいた。

「どうしたエースよ。うかねえ顔してんな。らしくないね」

「そうは言ってもクリよ。エースであるこの俺が、開幕戦から点とれてねえんだせ?責任感じるわ」

「別にお前だけの責任じゃねえよ。それを言ったら誰にだって言いようはある。何も出来ずに前半で代えられた俺もそうだしな」

 開幕戦以降、鹿島に完封勝ちしたものの、横浜と柏に大敗。リーグ戦2勝2敗。得点9に対して失点12でその差は−3。J1唯一の「ピッカピカの一年生」にしては悪くないとも言えたが、次のセレーノ大阪戦の結果次第では泥沼にはまる可能性もあり、何かしらの結果は欲しい。甲府戦の勝利をリーグ戦に還元できていないから尚更である。


 剣崎は、シュート数ですでにリーグ全体の上位に位置するなど、持ち味の積極性は出せているのだが、結実しているのはわずか二回。柏戦も両チーム最多の5本のシュートを打ったが、枠に飛ばないし飛んだとしてもキーパーの正面。終了間際に放った一撃はバーに嫌われるなど運もなく、エースの座を小宮に明け渡しつつあった。栗栖もまた、J1のディフェンダーたちの激しい守備に本来のプレーが出来ずに苦しんでいた。J1昇格の立役者だったホットラインが、現在のところは機能してはいなかった。


 同じようにスランプに悩んでいるのが、守備の要と期待された大森だ。恵まれたフィジカルと、似つかないスピードはJ1でも通用すると言われたが、駆け引きや純粋なスピードでJ1の壁を痛感。開幕戦では「穴」と見なされて広島に徹底して突かれた。長らく試合から遠ざかっていたが、セレーノ戦で戻るチャンスが巡ってきた。柏戦でバゼルビッチがイエロー二枚で出場停止となり、仁科も膝の違和感を訴えて欠場が決まった。


「久々のチャンス…なんとしても生かさないと」



 J1昇格に貢献した面々が、再起を誓っていた。





 そして試合の日。会場の長居スタジアムは、3万人以上のサポーターで溢れていた。日本代表でもあるエース晴本を筆頭に、ロンドン五輪の主力だった萩原と山内のダブルボランチ、新鋭南本などの日本人タレントに加え、守護神パク・ジンシクは韓国代表と名前で人を呼べる面々がずらり。極めつけは南アフリカW杯の得点王でMVPであるウルグアイ代表のエース、マリオ・ファルカン。Jリーグ黎明期の東京ヴィクトリーを彷彿とさせる陣容で、役者の数では既に和歌山は負けていた。



「だからといって、うちだって怪物がいないわけではない。友成しかり、小宮しかり。そして今は寝てはいるが、剣崎も怪物ストライカーさ」

 自信ありげにつぶやくバドマン監督。長居のピッチに立つ選手たちの表情は強張っていた。

 試合前のロッカールーム。普段は陽気に振る舞って選手たちを送り出すバドマン監督だが、この日はあえてネガティブなエールを送った。

「この試合、もし負けるようなことがあれば、我々はただひたすら滑落していくだけになる可能性がある。そして、引き分けに終わるのなら、まだまだ悶々たる日々を過ごすことになる。それが嫌ならば勝つことだ。どのような無様な戦いでも構わない。イージーミスをすることなく、不細工に勝利をもぎ取り給え」


 その言葉を託した面々が次の通りだ。



スタメン

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF5大森優作

DF23沼井琢磨

DF14関原慶治

MF4江川樹

MF2猪口太一

MF10小宮榮秦

MF8栗栖将人

FW25野口拓斗

FW9剣崎龍一



ベンチ

GK40吉岡聡志

DF33村瀬秀徳

MF7桐嶋和也

MF17チョン・スンファン

FW16竹内俊也

FW18鶴岡智之

FW36矢神真也



『潰し屋二人とゲームメーカー二人。中盤はサイドを開けている…ことになるか』

 セレーノのランポビッチ監督は、和歌山のスタメンに首を傾げた。栗栖はともかく、小宮がサイドに貼るとは考えにくかったからだ。

『向こうさん、我々のサイドを甘く見てませんかね?右の掛本、左の鳴橋、うちのサイドバックは強力だし、ハーフの南本、杉内も…』

『それ以上言わなくていい。君の言うとおりうちはサイドにも実力者がいる。今日の和歌山ならそこから揺さぶることができるかもしれん』

 楽観するコーチをたしなめつつ、ランポビッチ監督も、和歌山のサイドに活路を見ていた。

『しかし、向こうには予測不能な実力者がいるのもスカウティング済みだ。それなりに警戒はせねばなるまい』




「今日はゴール前がでかいな。とりあえずクロス入れときゃなんとかなかるな」

 試合開始のホイッスルを待つピッチで、関原は首を回しながらつぶやいた。

 無名の尾道工科大学から入団した関原は、ルーキーイヤーの昨年から不動の左サイドバックとして君臨していた。持ち味はヒューマンダイナモと形容されるスタミナと、常にチームトップクラスの走行距離を記録する運動量である。

「しかし、うちの監督も罪な人だ。あんな言葉じゃ普通選手はガチガチになるんだけどなあ。俺を含めて、プレッシャーじゃなくてエールとして感じるんだから、人間ってわかんねえよなあ」



 関原が笑みを浮かべてつぶやいた後、試合開始を告げるホイッスルが響いた。


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