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心強い人々

 時系列は少し遡る。


 アガーラ和歌山のコアサポーター集団「紀蹴人」のリーダー、羽山ケンジは横浜戦の翌晩にミーティングで使うカラオケルームにて、主要メンバーを召集して緊急ミーティングを開いた。



「昨日の横浜戦はメチャクチャだったが、夕刊スポーツ紙やゴシップ週刊誌の記事が原因なのは明らかだ。一応一通り持ってきたから見てくれ」



 ケンジがテーブルに広げた媒体に目を通したグループのメンバーは愕然とした。今石GMは明らかに被害者なのに、まるで「事件の原因は自業自得」的なニュアンスが多かった。


「こりゃあ…ひでえ」

「『一切口を閉ざす選手たち』って、選手は関係ないじゃないっすか」

「胸くそ悪くなるわ。まるで今石さん悪者じゃない…」

「確かに一昨年も騒ぎがあったが、それにしてもゴシップはこういうのにたかってくるな」



「でだ。今選手たちはサッカーに集中できないでいる。だからといって俺たちが記者を止めることは、下手したら暴力沙汰でかえって迷惑をかける。だからこういうことをやることにした」







 火曜日。カップ戦前日の練習場。そこに紀蹴人の面々が集まっていた。普段の試合と同じ、太鼓やフラッグを持ち込んで。


「俺ーたちのーアガーラ、和歌ー山の誇りー。俺ーたちはー愛し信じー共ーに歩むだけー。俺ーたちの和歌山がーいただーきつかむまでー、前を向きーさあ行こう、輝かしい未来へー」

 太鼓を叩き、フラッグを振り回しながら、チャントを合唱した。それは取材攻勢に参っていた選手たちに、大きな刺激を与えた。紀蹴人の面々は練習中、チームの応援曲や個人チャントを熱唱し続けたのだった。

 今石イズムを色濃く受け継ぐユース育ちが、ほだされない訳がない。気持ちは切り替わっていた。




 時系列もどってカップ戦真っ最中の紀三井寺。序盤から和歌山は本来の暴れん坊ぶりを見せた。

 オーバーラップを仕掛けた右サイドバックのソンが、小宮とのパス交換で甲府守備陣の裏をとり、フリーの状態でクロスをゴール前に。ニアの野口は、相手ディフェンダーを引きずりながら頭から突っ込んだ。

「うおおっ!」

 野口の渾身のダイビングヘッドは、伸ばしたキーパーの手を掠めたもののそのままゴールへ。念願のJ1初得点だった。


 この試合。とにかく移籍組が光った。ソン、バゼルビッチの二人はもちろん、移籍後初出場の仁科、村瀬も豊富な経験値を感じさせる老獪なディフェンスを披露。前半終了間際にはバゼルビッチのロングスローを、野口が再び頭で叩き込んでリードを広げた。



 後半は野口を竹内、小宮を栗栖にそれぞれ交代。今石チルドレンが存在感を見せる番だ。



「おうクリ、トシ。久々にこの逆三角形で、甲府のゴールをもうちょいぶちこもうぜ」

「剣崎、普通こういうのトライアングルって言わないか?まあいいけどさ」

「トシ、まあ言い方はどうあれ、こいつの言う通さ。久々に暴れるとするか」


 今回の騒動で割を食った格好の今石チルドレン。その憂さをはらさんと躍動した。


 久方ぶりにトップ下でプレーした栗栖は、広い視野を活かし、甲府のディフェンスラインの裏に走り出す竹内や剣崎の足元にスルーパスを通す。何度もオフサイドを取られるも、執拗なまでに同じ攻撃を繰り返した。

 この攻撃が実ったのは三枚目のカードとして、猪口が出場してからだ。負傷退場した手塚に代わった猪口は、中盤で相手のパスをインターセプト。それを栗栖に繋げる。栗栖はダイレクトで前線に渡して剣崎の足元に。剣崎はあえてシュートせずに、スペースに入っていた竹内にスライド。竹内がシュートするかと思われたが、竹内はあえてバックパス。なぜならそこまでソンがオーバーラップを仕掛けていたからだ。受けたソンはさらに走り、ゴールラインとほぼ水平の位置から右足を振り抜き、豪快にネットを揺らしたのである。




「改めて、サポーターの力を感じた一日でしたね。どんな困難に陥っても、我々は選手をサポートする。その意志を強く感じ、選手たちだけでなく私たちも勇気づけられました。今日の勝利はそのお礼です」


 快勝した後の会見で、バドマン監督はサポーターへの感謝を口にし、次に移籍組を褒めた。


「仁科、村瀬の二人に関しては今日の出来はさすがでした。それに野口もようやく本来の力を出し、ソンは完全に自分のポジションを手に入れた。あとは既存の選手がどう科学反応を起こすのが、それに非常にかかってます」


 外野の喧騒から立ち直り、リーグ戦に向けて手応えも得た。中3日の日程をホームでできる強みもある和歌山はJ1に旋風を巻き起こすべく、リスタートを切ることができた。



 だが、一度崩れたリズムを簡単に戻させてくれないのがJ1という修羅場だ。


 続くリーグ戦では柏相手に再び苦戦。竹内のゴールで先制こそしたものの、相手の破壊力に屈し1−4と惨敗。好スタートを切りながら早くも五分の星に戻った和歌山は、早くも正念場を迎えるハメになった。


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