外野が騒がしすぎて
アガーラ和歌山の今石GMが襲われた一連の事件は、予想以上の衝撃を持って世間に広まった。シーズンの真っ最中に、Jリーグに関わる人間が襲われたのである。一般のニュースだけでなくワイドショーでも取り上げられ、低俗なゴシップ紙や夕刊スポーツ紙もこぞって取り上げた。
そしてこの事件は、明らかにおかしな耳目を集めた。
「またあんたらかよ。話すことはなんもねえよっ!」
「そうおっしゃらず〜、今石GMのことについて一言〜」
「うるせえっつってんだろっ!サッカーと関係ないなら帰ってくれっ!!」
練習を終えた剣崎が、一人のゴシップ記者につきまとわれ、振り払うようにして栗栖の車に乗り込む。尚も迫る記者が車の正面に立つが、栗栖はクラクションを鳴らしながら車を走らせた。
「一体何なんだよっ!まるでオヤジがなんかしたみてえじゃねえか。胸くそ悪いっ!
「まあそういうな…と、言いたいけど、さすがにうんざりするな。完全な逆恨みなのに、今石さんに責任の一端があるみたいに扱いやがってよ…」
記者の執拗な取材に辟易しているのは、この二人だけではない。天野や江川、矢神らユース時代に今石の下でプレーしていた選手はもとより、今石が直接交渉に関わった移籍組にも及び、誠実な猪口や竹内、野口は連日のストーカー行為に参っていた。ただ、友成と小宮には初日以降誰も寄り付いていない。友成を取材したライター曰く「目付きと喋りに殺意がこもっていた。殺されるかと思った…」とのこと。
また、小宮についたライターは「おごったらなんか話すかも…」という口車に乗ってさんざんたかられた挙げ句、うっかり口走った恐喝まがい恫喝や自分の個人情報、業界の裏話を録音され「これ、2ちゃんねると出版社に持ってくけど、いい?」と泣き寝入りするはめになっていた。
この影響は小さくなかった。居残ればそれだけ記者がしつこくなるので練習を早めに切り上げざるをえず、日常のルーティーンを乱された選手たちはコンディションを崩した。
結果、マリナーズ戦はとてもサッカーに集中できる状態でなく5−1と惨敗。ゴールした小宮以外は低調な内容に終始した。
「今日ばかりは言い訳をしたい。この国は憲法において自由に知る権利を保証されているが、ここ数日はそれをはき違えた連中が敵だった。選手たちはまだ若く、こうした非道徳的な取材に慣れていない。良心というものが残っているのなら、我々にサッカーだけをさせてほしい」
試合後には、バドマン監督がこんなコメントを残すほどだった。
「ですから、当クラブとしてはこれ以上申し上げることはありません。取材を許可することはできません!」
最後はまくし立てるように言って、三好広報は受話器を置いた。そこに竹下社長がコーヒーを持ってきた。
「ご苦労様です。また、週刊誌ですか」
「…はい。もう参っちゃいますよ。せっかくJ1に上がって取材が舞い込んでくると思ってたのに…。GMのことばかりの取材で」
「沈静化の兆しが見えませんね。まあ、今石さんは監督時代にも一悶着起こしましたから、あちらさんもなかなか離しませんね…」
クラブとしても対処のしようがなかった。自身が原因であればバッシングは当然で謝罪会見で対応することもできる。だが、今回はこちら側は完全な被害者で謝りようがないし、下手に動けば「会見する=後ろめたいものがある」と解釈されて事実無根な記事が出回りかねない。かといってこのまま沈黙していても「喋らないのは隠し事があるから」と都合よく解釈されて選手が執拗な取材を受けかねない。八方塞がりだった。現状、迂闊に取材の申し込みを容易く快諾できず、広報活動にも支障が出ていた。
問題が解決しないまま、Jリーグカップのグループリーグ初戦の日を迎えた。
J1の18クラブが参加するリーグカップは、まずACLに出場している4クラブを除く14のクラブが二つのグループに分かれ、各グループの上位2クラブが決勝トーナメントに進む。普段のリーグ戦と違ってアウェーゴールの概念や、得失点差の影響力もあり番狂わせも起きやすい。普段のリーグ戦が冴えなくても、ここで調子を取り戻す、あるいはきっかけをつかむことがままあるので、決して優しい大会ではない。
アガーラ和歌山は、ガリバー大阪、大宮アランチャ、甲府バンディッツ、ナーガ鳥栖、仙台シリウス、浦和グレンバッツと同じグループに入り、初戦の相手は残留争いのライバルになるであろう甲府。相手に苦手意識を植え付けるためにも、勝っておきたい一戦だった。
水曜日という平日開催に加え、リーグ戦と比べてメディアへの露出も少ない大会。会場の紀三井寺運動公園陸上競技場は、開幕戦と比べて閑散としており、両ゴール裏以外は空席が目立った。
スタメン
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF22仁科勝幸
DF33村瀬秀徳
MF3内村宏一
MF19手塚弘幸
MF14関原慶治
MF10小宮榮秦
FW25野口拓斗
FW9剣崎龍一
ベンチ入り
GK1天野大輔
DF5大森優作
DF32三上宗一
MF2猪口太一
MF8栗栖将人
MF35毛利新太郎
FW16竹内俊也
「最終ラインは全員移籍組か…。いかに大型補強したかがよくわかるな」
甲府を指揮する城陣監督は、和歌山のスタメンを見てそう呟いた。
「しかし、和歌山は今外野が騒がしいですからねえ。こないだの横浜戦はボロボロでしたし、うまく漬け込めばモノにできるんじゃないですか」
楽観するコーチの言葉を聞きながら、城陣監督は入場する和歌山イレブンの表情を注視する。それを見て、コーチの考えを否定した。
「今日の和歌山は、いつも通り手強そうだ」
「え?あ…そうですね」
城陣監督に促されて、コーチも選手の表情を見る。
和歌山イレブンの表情には、気力が漲っていた。




