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天国から地獄へ

(ば、ばかな…俺が気たえぬいたチームが…。今年こそ全国の舞台に返り咲けるチームが…)


 立花は立ち尽くしていた。捲土重来を目論み、課したトレーニン量に見合う実力を身につけたはずの山城商業サッカー部が、今、訪れた観衆の前で醜態をさらしていた。


ピピー…っ


 ゴールが決まったことを知らせるホイッスルが響く。まだ前半、なのに10回目。しかも全て和歌山のゴールだ。



「お、お前ら、気合い入ってんのかぁっ!!根性入れてプレーしろぉっ!!」


 我に返ったように立花は選手を叱咤するが、誰一人耳に届いていない。

 特に攻撃陣は茫然自失の状態だった。小柄な猪口と痩身の江川という外見貧弱なセンターバックコンビに、ことごとく地上戦で負けていた。タックル、スライディングによるボール奪取を簡単に許し、マークにつかれると振りほどけない。地区大会ではその強靭な肉体でモノを言わせていたが、それを全面否定されているようなものだった。右の三上、左の米良(現水戸)のサイドバックも含め、和歌山の最終ラインは痛快なまでに敵の攻撃を遮断した。


 一方でディフェンスでも、山城商業かまるで歯が立っていなかった。空中戦で二人がかりでも剣崎に敵わず、竹内と矢神のは簡単に裏をとられる。受け手が自由自在に動ければ、出し手の栗栖はただ蹴るだけでよく、面白いようにパスが繋がった。

 攻守において完膚なきまでに叩きのめされている山城商業。スピードへの苦手意識はあったが、頼みの綱のフィジカル勝負が完敗では、メンタルの動揺も計り知れない。状況を変えられるようなアイデアもない。監督に打開を期待しようにも、一言目に「気合い」、二言目に「根性」を連呼するしかないように、立花にも戦術の引き出しに乏しかった。

 チームとして山城商業は和歌山ユースに歯が立っていなかった。






「やる気あるのか貴様らっ!おんなじようにやられっぱなしだろうが」

 ハーフタイム中、ベンチ前で選手が円陣を組んだ中、パイプ椅子でふんぞり返りながら立花は激昂した。


「いつも言ってるだろう。点を取られた時こそ前を向けっ!気持ちで負けているからズルズルととられるんだっ。これだけたくさん(一般的な学校のグラウンドにだいたい300人ほど)の人が応援に来ているんだっ。これ以上ふぬけた真似をするんじゃないぞっ!」






 その様子を隣のベンチで見ていた和歌山ユースの面々は、まるで憐れむような心境だった。

「なんか根性論ばっかだな。誰をマークするかも指示出てねえし、俺の監督があれじゃあ正直やってらんないよな」

 栗栖とボランチコンビを組む塚本真二(剣崎と同い年、現博多大学MF)の言葉はメンバーの総意と言えた。左サイドハーフでプレーする大高純平(同、現J3サウスライト青森MF)も同調する。

「選手も監督もショックなんだろ。必死こいて鍛えた部分がまるで通じねえんだもん。俺だって同じ体格で太一やエガに負けたらショックだよ」



 しかし、聞こえてくる怒号は、次第に聞くに耐えない程になり、頬を叩いたような音も聞こえた。


「もういいっ!ディフェンダー全員とフォワードは交代だっ!!貴様全員正座で試合見てろっ!交代で出るやつも試合にで続けるやつも、これ以上覇気のないプレーを見せたら容赦はせんからなっ!!」

「ちょっとちょっと。そんな脅さなくてもいいでしょ」

 たまりかねて今石が相手ベンチに駆け寄り、立花の指導を指摘する。しかし、立花は意に返さず「口出し無用」と露骨に目で訴えながら今石に言った。


「これがうちのやり方なんですよ。公立校である我々には、メンタルとフィジカルが武器となり、特にメンタルの要素は大きいんです。気持ちで負けている選手を使わないのは当然でしょう」

「まあそうですけど、さすがに正座はやりすぎじゃ…。45分も砂の上でしてたら足痛めるでしょ」

 なおも口出しする今石を、立花は恫喝した。

「あんたは部外者だろっ!他人のやり方にいちいちケチをつけるなっ!!」


 ただならぬ険悪な雰囲気が両者をつつみ、それは観客にも波及。立花の迫力に怯み、意欲をなくした観客の一部は少しずつグラウンドから出ていった。下手に荒れるのも嫌だったのでとりあえず今石は引き下がったが、一部の選手の怯えた表情が印象的でやりきれなかった。



 さて後半はどうかと言うと、流れはまるで変わらなかった。むしろ、ますます和歌山だけの時間帯となった。レギュラークラスがまるで歯が立たなかったのだから、同じトレーニングしかしていない控えが勝てるわけがない。おまけに監督の怒りように怯んでいた交代メンバーは、初心者レベルのミスを乱発。5分しないうちに3点を奪われ、立花の怒りは臨海点を超えた。

 グラウンドにこだまするのは立花の怒号だけ。しかもほとんどが罵声で、保護者だけでなくOBですらざわつきだした。

 ベンチワークも凄まじかった。キャプテンの柳田以外をとっかえひっかえし、出ていく選手にはゲキ(というか脅し)を飛ばし、うつむいて戻ってきた選手には、さんざん怒鳴りちらして正座させた。もはやサッカーの試合ではなくなってきた異様な光景。22−0という信じられないほどの結果となり、敗れた山城商業側は全員顔から生気がうせ、勝った和歌山側も友成以外はそれに罪の意識を感じていた。



 ついにたまりかねた今石が、選手にクールダウンを指示して、再び立花の元へ駆けつけた。

「あんたちょっといい加減にしろよ!これじゃまるで軍隊じゃねえか」

「部外者は口出しするなと言ったろうがっ!!こっちは選手権を前にぼろ負けしたんだ。そのリカバリーは多少の強引さは必要なんだ」

「リカバリーって言うならクールダウンぐらいさせろよ。そんな正座になんの意味あるんだよ」

「ふんっ!俺のトレーニングに耐えた連中はやわじゃない!こんな根性なしどもに、そんな甘やかしは必要ないっ!」

 売り言葉に買い言葉というか、立花の振る舞いに今石も我慢できなくなった。

「ちったあ選手を大事にしろやっ!こいつらプロじゃなくて高校生だろ。あんたの仕事は試合に勝つことじゃなくて、選手にサッカーを楽しませることだろっ!正座や懲罰交代にそんな要素はねぇっ!」

「うるさいっ!!こいつらは俺のチームだっ!こいつらをどうしようと俺の勝手だぁっ!!」


 立花の放った言葉が、彼にとっての致命傷となった。



 今石とのやり取りはその場で終わったが、その後の立花は凋落の一途をたどった。


 選手権予選までの期間がなかったためにそのまま立花が指揮をとったが、かの試合での発言で自分の暴君ぶりを暴露した立花の求心力は暴落。選手からの信頼を失った監督のもとでは試合にならず、初戦敗退に終わった。それを気に、まず保護者の間で解任論が噴出。選手に対して行われた『指導』もこれを機に一気に問題化され、教育委員会が動き出すまでに。そこでは選手への暴言、暴力にとどまらず、女子マネージャーへのセクハラまがいがあった事が発覚。学校側も無視できなくなり、立花に停職3ヶ月の懲戒処分を課した。


 今までの自分のやり方を否定、批難されたことに対する立花は不満を募らせ、自宅謹慎の最中、苛立ちの捌け口に酒に溺れ、家族へ八つ当たりが出てしまう。ついには謹慎明け目前で妻へのDVで警察沙汰になり、退職を余儀なくされる。当然離婚ともなり、ますます自制がきかなくなり、しまいにはかつての教え子にたかるようになり、挙げ句恐喝容疑で逮捕。不起訴となったが、完全に表舞台から姿を消さざるを得なくなった。

 一方で自分の凋落の起因となった今石は、監督としてJ2でセンセーショナルな一年を過ごし、その後はGMとして躍進するチームを支え、時代の寵児…は大袈裟だがそれなりに名声を得ていた。そしてJ1での開幕連勝スタートが、立花の復讐心を燃えたぎらせ、今回の行動に至ったのである。


ちょっとブッ飛んでますが、立花のようなしごきをする監督に出会った運動部員は、読者の皆さんにはいるんじゃないかと。


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