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力任せ

 試合を振り出しに戻したところで、バドマン監督は最後のカードを切る。前半から獅子奮迅の献身ぶりを見せた竹内に代えてチョンを投入。あわせて布陣も変更し、最終ラインをバゼルビッチ、江川、沼井の3バック。猪口、チョンのダブルボランチに、桐嶋、ソンの両サイドバックを一列前に。4−4−2から3−5−2に変更し、守備のバランスをとりつつ、攻撃力のある両翼をより前線に近い位置でプレーさせ、勝ち点3をもぎ取りにきた。



「せっかく追いついたんだ。どうせならびっくり返すぞっ!!」

 疲れの見える選手たちに活を入れることも考えた上でのチョンの投入である。


(時間はあまりねえ…。だかこれ以上ふかす訳にもいかねえ。なんとかワンチャンス、俺にしかできねえゴールをぶちこみてえ…)

 後半に入ってからとにかくシュートを撃ちまくった剣崎だが、ここへ来て集中力を高めていつか訪れるチャンスに備えた。闇雲なシュートが、相手への威嚇にならないことを感じていたからだ。あれだけ際どいシュートでゴールを襲いながら、広島の選手たちは平然としている。ならば一撃必殺に集中しようと考えを変えた。


 もう一つ、剣崎には根拠はないが確信はあった。「必ずコーナーキックがくる。そうすればクリとのホットラインでゴールをこじ開けられる」と。

 実際のところ広島サイドも、和歌山のセットプレーに警戒は強めていた。栗栖、小宮という優秀なキッカーがいて、剣崎という絶対的なストライカーがいる。昨シーズンの戦いぶりを検証しても、特にセットプレーでの破壊力は印象に残っている。その得点源の一人でもある大森こそいないが、剣崎の存在自体が未だ驚異として残っている。シンプルなヘディングや意表をついたオーバーヘッドは無論、何よりも恐れているのはダイブしてきてのシュートだった。たとえ飛んできたクロスがポストに近かろうが、剣崎はそれを恐れず全身で突っ込んでくる。広島にとってはいかにそのチャンスを与えないかが鍵だった。



 そしてロスタイム、目安の3分直前。互いに意識していたコーナーキックのチャンスが巡ってきた。小宮のキラーパスをダイレクトで放たれた剣崎のシュートを、広島のセンターバック水木が身体を張ってブロック。しかしこぼれたボールを同僚の井葉が掻き出しきれずにラインを割り、コーナーキックとなる。

「さて、クライマックスといこうか」

 ボールをセットした栗栖はゴール前を見る。審判が時計を意識しているため、間違いなくラストプレーとなる。和歌山の選手がゾロゾロとゴール前に集まり、キーパーの友成も上がってきている。剣崎はニヤにいた。

(普通に蹴る方がいいか。あいつの飛び込む速さにかけるか)

 蹴る前にもう一流剣崎を見る。目があった剣崎からは「任せろ」という訴えが感じ取れた。


「他人をアテにしない榮秦が俺に逆転のアシストを託した…。答えなきゃ、この先引退までみくだされらぁ」

 栗栖は駆け出した。同時にほとんどの選手がゴール前に走りこむなか、剣崎だけはゴールから離れるように動き、栗栖が打ち上げたクロスも、ゴールから離れるように弧を描いた。


 マークを振り切った剣崎にどんぴしゃりだった。

「さすがクリだ。よくわかってやがるぜっ!!」


 渾身のオーバーヘッドを放つ剣崎。またもやクロスバーに当たったが、ボールは真下に弾んでゴールに入った。




 紀三井寺陸上競技場。その大部分が、一瞬の沈黙のあと、大歓声で揺れた。ベンチも首脳陣含めた全員が歓喜を上げた。


 それから間もなく、主審が終了のホイッスルを吹き鳴らした。



「前半は我々の狙い通り。瀬藤を中心としたスピーディーかつアグレッシブな攻撃ができました。ゴール前でのプレーの質は良かった。ああいう攻撃をACLでもしなければなりません」

 試合後の会見室。広島の森安監督は淡々と振り返り、ある程度の成果を口にした。

「まだまだ今日の敗戦はある意味で割り切れる。向こうの剣崎と小宮、この二人の得点力が想定外だった。強引な力業にやられた格好なので反省はしないといけないでしょうが、チームとしては崩されたとは思っていません」

 森安監督の敗因の分析は、強がりに聞こえなくもない。しかし、間違ってもいない。それはこのあとに行われたバドマン監督の会見で分かる。森安監督の言葉を記者から伝え聞いたバドマン監督は、頷いてそれを肯定した。



「守備の変更には十分な理屈と根拠が存在した。その一方で後半からの2トップは、私の感性によるところが大きい。二人のポテンシャルとプレースタイルのアンビリーバブルさに賭けたんです。だから森安監督のおっしゃるように、我々の勝利は偶発だったと言えるでしょう」

 ただ、そう言って自分たちの技術不足を認めた上で、誇らしげに語った。


「しかし、我々は卑怯な手を使ったのではなく、自分たちの力を出しきって勝利を掴んだ。記念すべき初陣を飾ることができた。これに間違いないはない。他の8人のフィールドプレイヤーは剣崎と小宮を信じて汗をかき、守護神友成もゴールを守り抜いた。そして二人もその期待に応えてくれた。今日の勝利は互いを信頼し続け、責任を持ってプレーしたからこそ生まれたものだと思っています。リーグ戦残り33試合、我々はまず勝利を第一に戦います。J1残留というノルマのために。そのためには可能性が高いのならこのような戦いを選択します」





 試合の余韻が冷めつつある紀三井寺陸上競技場。そのミックスゾーンでは、子供の集団が待っていた。ロッカールームは、その子供のためにてんやわんやだった。


「げっ!インク切れた。誰かペン余ってねえか?」

「友成、あんま大きく書くなよ。俺たちのスペースねえじゃん」

「ったく、なんで俺たちも書くんだよ。まさか剣崎がそんな約束してるとはねえ」

「1、2、3…あと6球か。書き漏れないよな」



 剣崎たちは、試合前に子供に約束した、スタメン11人と途中出場3人のサインを書いた、特製のサインボール22球を制作中だった。その日のヒーロー、この日一番の大仕事だった。


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