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反撃の下準備

「あんまりいい後味じゃねえな」

 ハーフタイムとなってロッカーに引き上げる途中、瀬藤は悲観的なつぶやきをした。

「でもヒロトさん。ウチはウチらしいサッカーできたじゃないですか。エースのあなたも点とったし」

 瀬藤の展望を、竹萩は払拭するように楽観的に前半を振り返る。が、そういう竹萩もあまりスッキリしない表情。それが剣崎のゴールに起因するのは言わずもがなだ。

「まだイーブンと思っても損はない。ちゃんと勝つためなら、取り越し苦労はした方がいい」

「…そうっすね」




 ただ、和歌山の雰囲気が変わったかというと、実際のところそうでもない。特に大森は翻弄されただけでなく、相手の得点に絡んでしまったこともあり、肩を落としていた。他の選手たちも広島の攻撃力と機動力に圧倒されていて、3点を「失った」というより「しのいだ」という感覚が強い。それはバドマン監督以下首脳陣も同じだった。



「前半、我々は友成に救われた。ただ、何よりも腹立たしいのは、ミスをすることで怯んでしまっていることだ。友成は怯むことなく立ち向かっているから3点で済んでいるのだ。分かるかね、大森」

 いつもとは違う厳しい口調と眼差しを向けてくるバドマン監督に、大森はぐうの音も出ない。確かに客観的に見ても、自分のプレーには覇気がなかった。とてもではないが、後半も使う気にはなれないのは自分でも思った。

「後半は大森に代わって沼井を入れる。そして竹内と小宮はポジションを変えること。中盤はダイヤモンドからダブルボランチに変更。江川が猪口と組み、竹内が右サイドに入るのだ」

「はい、監督」

「で?監督さんよ。俺はどこでやるんだ。別にまんまトップ下でいいんじゃね?」

 竹内がバドマン監督の指示に従う一方で、小宮は嘲笑を浮かべながら自分のポジションを聞く。対してバドマンも目の据わった笑顔で指示を出す。

「小宮。君には剣崎と二人っきりでゴールを開けてもらおう。他の9人は君らのためにゴールを守ってボールを預けよう」

「『俺のために』ってか?あれだけズタズタにやられたこいつらにそんな力があるとでも?」

「ああ。君がいなくなるだけで、少なくとも広島は自由を失うだろうね」

「…ちょっと待てよ。監督様は前半の苦戦を『小宮が足を引っ張っているから』と、内心思ってるわけか?」

「今さら気づいたのかい!?意外と鈍感なのだね」

 ロッカーの空気が一気に張りつめた。バドマン監督のおどけ方は、露骨なまでに小宮を見下していたからだ。その中でユース代表で共に戦った栗栖だけが、指揮官の対応に苦笑していた。

(小宮の「使い方」をよくわかってんな。こいつは過小評価されるのが一番嫌いなんだよな。そう扱われるほどエンジンがかかってプレーが良くなる。こりゃ後半何とかなるかもな)



 ある意味剣崎と小宮は似ている。単純であること、現代のサッカーとはかけ離れた異彩を持っていること、感情をエネルギーに還元できること。特に三つ目は天性の才能と言える。怒りのエネルギーはかなり膨大であるが、それをまんま還元できる人間は皆無に近い。大概は力みや空回りにつながり、ポテンシャル以下のプレーに終わるのだが、この二人が旧式のプレースタイルで結果を残せるのはそういうことなのである。

「なんか近えと違和感あんな」

 後半、ピッチに戻った剣崎は、小宮がすぐそばにいる感想を真っ正直に言う。

「俺も驚いてるよ。まさかお前ごときと2トップ組むとはな」

「足引っ張んなよ、俺のハットトリックで試合をひっくり返してやんだからよ」

「ふん。ほざいてろ。試合が終わった時は、全ての人間が俺に跪くだろうからな。お前にはそのダシになってもらうからな」




「やりとり見てると、意外と似てるんだな、あの二人」

 猪口の率直な感想を聞いて、栗栖はつい吹き出して言った。

「まあ、あの二人ほど背番号を体で表すフットボーラーもいないさ。人類無双のストライカーと絶対的なファンタジスタ。あの二人にゴールを託して、俺たちは懸命に汗かこうぜ」

「そうだな」



「剣崎と小宮の2トップか。確かに面白いが…」

 バドマン監督の策に、竹内コーチが期待と不安を呟く。どちらかといえば不安の方が大きい。

「中盤は確かに相手のシャドーを止めれそうですが、監督。どういう意図があるんですか?」

 布陣の変更について竹内コーチが聞くと、バドマン監督は常識はずれの答えを返した。

「沼井の投入は瀬藤のスピード対策。猪口、江川のダブルボランチは向こうの2シャドーの無力化と説明できるのだが、剣崎、小宮の2トップに関しては…なんとなく、なのだよ」

「…。はぁっ!?」

 ドヤ顔で言い切ったバドマン監督に、竹内コーチはまぬけ面で声を上げる。呆気に取られる新任コーチに、年下の松本コーチは肩を叩いてささやいた。

「早くなれてください。うちの監督はこういう采配よくしますんで…」

「監督っ!そんなあてにならない感覚で采配を振らないでください。J1はそんなに甘くないんですよ!?」

 浦和をはじめJ1数クラブでコーチを歴任した竹内コーチからすれば、バドマン監督の突拍子ない発言は慢心にしか見えていない。それでもバドマン監督は意に介しない。

「ウチには理論を超越する怪物がいるのだ。ときにはこういう采配もアリだよ」

「…」

 竹内コーチは言葉を失ったままだった。


 ピッチからベンチの様子が見えた竹内は、狼狽する父に心の中で呟いた。

(父さん。信じられないだろうけど、これがアガーラ和歌山のスタイルなんだ。とりあえず剣崎と小宮を信じてくれ…)


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