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キャンプでのあれこれ

 新体制発表会見から4日後の1月18日。アガーラ和歌山はシーズンに向けたキャンプを宮崎県でスタートさせた。冬でも温暖なこの地域は、Jリーグやプロ野球チームの多くがそれを実施し、一年間戦い抜くための土台を築く。例年はクラブハウスの練習場で始動していたために、初めての県外キャンプに多くの選手は胸を踊らせていた。


「あ〜太陽が気持ちいいっ!冬場にこんなとこでキャンプできるなんざ夢みてえだなぁ」

 ウォーミングアップ中、剣崎は恍惚の表情で早くも満喫している様子。それを小宮は嘲笑った。

「次元の低い、貧乏人らしい喜びだなオイ。これがプロスポーツとして普通なんだよ、普通。中途半端な環境で始動していた今までがおかしいんだよ」

「そう言うなコミ。うちの選手はほとんどそうなんだ。テンション高まってんのに水差すなって」

 嘲笑を浮かべる小宮に、栗栖が苦笑いで語りかける。

「それに、和歌山もここ程じゃないが、十分な環境なんだぜ」

「どうだか?宮崎ぐらいに出る遠征費すらまともに出ないようじゃ、フロントのプロ意識を疑うぜ」

「お前は今年からそういうクラブに来たんだ。郷に入っては郷に従え。だぜ」

「へーへー。わかりましたよーだ」



 今年の和歌山のキャンプは、例年とは比べ物にならない内容となった。良質な環境に加え、新任のマッケンジーフィジカルコーチが作成したメニューにより、目に見えてフィジカル面のコンディションが向上していった。


 マッケンジーコーチのトレーニングは、練習の強度よりも心身の回復に重きをおいており、一見すると「ヌルかった」。実際、見学に訪れた観客からは、「もっと走り込まなくていいのか?」「J1戦うのに大丈夫なのか?」と不満が聞こえ、物足りなさを口にする選手も少なくなかった。対してマッケンジーコーチはこう言った。


「素人は黙ってメニューをこなせ。日本式の追い込むトレーニングで得られるのはこなしたことに対する満足感だけだ。物足りないなら勝手に自主練習を増やして勝手に壊れてしまうがいい」


 傲慢ともとれる言いようだが、欧州で実績があるだけに、反論の声は少なかった。

 実際、効果は日増しに浸透していく。キャンプ後半に実戦形式の練習をこなすなかで、思い通りに身体が動き、それでいて疲れが溜まりにくくなっていた。このキャンプでは午前実戦、午後筋トレの二部練習が主であったが、怪我はおろか疲労感を訴える選手はいなかった。





 さて、実戦形式での新加入選手のプレーであるが、アピールができている選手とそうでない選手とはっきりと分かれていた。




「ほらほら甘いよあんたら」

 小宮の嘲笑は、もはやトレードマークとなりつつあったが、百戦錬磨のチョンやマルコス、対人戦に強い猪口、沼井を鮮やかにかわすと、天野もかわして5人抜きでゴールを決めた。このような個人技を見せたかと思えば…。

「はいコースみっけ」

「うわっ!」

 密集地帯からあまりにも良質なパスを放ち、受け手の竹内を驚かせた。

 主役にも脇役にもなれる小宮の攻撃力は、明らかに同年代のそれからは逸脱していた。


「ほっほー。去年は相当不振だった訳だ。あれが奴の本性か」

「宏一、感心してる場合かよ。あのままじゃお前のスタメンあぶねえぞ」

 のんきな内村に、長山は釘を差した。しかし内村はあっけらかんとしていた。

「いんや。いっそのこと俺を消しちまえばいい。剣崎との相性も良さそうだしな」

「はぁ〜…。後はあのムカつく態度を何とかしてくれりゃあなあ」

「そんぐらい瞑ってやれ。気にするだけ無駄さ」





 そんなある日、同じ地域でキャンプを張るナーガ鳥栖と練習試合をすることになった。日本代表FWの豊永や、去年までの戦友・DF園川が所属し、コンパクトな陣形を保ちながら鋭利なカウンターを仕掛けるシンプルな戦術で戦う。それでいてJ1初陣の一昨年は5位と躍進。苦戦を強いられた昨年もシーズン後半は持ち直して残留を果たした。ある意味今の和歌山にはうってつけの相手である。

 ゲームは45分の3本で行われ、そのたびにメンバーを入れ替える。勝ちよりもチームとしての出来映えが要求された。


1本目スタメン&布陣

4−4−2

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF26バゼルビッチ

DF5大森優作

DF14関原慶治

MF17チョン・スンファン

MF10小宮榮秦

MF16竹内俊也

MF8栗栖将人

FW25野口拓斗

FW9剣崎龍一



 1本目のメンバーは、そのまま「開幕はこれで戦う」と言っても違和感のないメンバーだ。システムも慣れ親しんだもので、額面通りの力を出すだけで勝算がたつ。まずはナチュラルな状態でどの程度戦えるか、そして期待度の高い新戦力がどれほどチームに馴染めているかを推し測ることがテーマだった。




「さてと…俺様にとっててめえらが使い物になるかどうか。試させてもらおうか」

 相変わらずの態度でゲームに臨む小宮。立場的に「試される側」なのだが、そんな意識は毛頭ない。ピッチ上の王者は自分である。そういう意思を全身から醸し出していた。

 ゲーム開始。鳥栖ボールからのスタート。鳥栖のメンバーは、まずは和歌山の出方を伺うようにボールを回した。元々J2時代が長かったために、和歌山との対戦経験があり、主力の豊永や見沼も肌をあわせたことはある。

 ただし、鳥栖のJ1昇格後、和歌山はチームカラーが変わっている。その和歌山から移籍した園川も、「全く違うチームだと思わないとボコられますよ」とチームメートに釘を差した。まあ、見学しているサポーターからすればつまらない立ち上がりである。

 5分たったあたりで、鳥栖は攻撃のスイッチを入れた。ボランチの早川が右サイドの見沼が仕掛ける。対峙する関原が、このマッチアップに受けて立った。

「バズっ(バゼルビッチ)、1トップマーク!デカっ(大森)、フォロー行けっ、中に切れ込んでくっぞ!!」

 一方で鳥栖の選手の情報は、メディアの露出が高い分ある程度頭に入りやすい。友成はすぐに味方に指示を出して守備陣形を整える。

 友成の予想通り、見沼は関原と競り合いながらバイタルエリアに仕掛けてきた。

(結構『目』いいな。仕掛けるのはきついし…、任せよ)

 見沼は中に入るや、シャドーのFW石田に託す。ボールを受けるとすかさずシュートを打った。

「チィっ!!」


 放たれたシュートは友成の守備範囲。ただ、弾いたボールは誰もいないところに転がる。敵味方問わず一斉に食いつく。拾ったのは、鳥栖の見沼だった。一旦外に逃げてから、ゴール前の豊永にクロスを送る。張り付いたバゼルビッチは豊永と競り合うがわずかに及ばない。ただ、寄せ方が良かったか豊永もジャストミートできず、力のないボールがゴール横に逸れて終わった。


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