歴史的一戦
2014年のJリーグ開幕を翌日に控えた2月28日。
紀の川市のアガーラ和歌山クラブハウス、その練習場にて選手たちはバドマン監督を囲うように円陣を組んでいた。
「いよいよ明日、我々にとって初めてのJ1の戦いが開幕する。アガーラ和歌山は、J1を連覇したサジタリッセ広島を紀三井寺にて迎え撃つ。2014年3日1日は、和歌山県史に刻まれる1日となるだろう」
「…堅苦しいなぁ。今さら言うまでもないだろ」
「まあそう言うなよ、それだけ明日の試合が重要だってことさ」
気だるそうにぼやく小宮を栗栖がなだめる。相変わらずの小宮の振る舞いだが、彼もこの試合がどれだけ重要かを理解している。
それがチーム愛が人一倍強い剣崎のぎらつきようは尋常ではなかった。
というか、ここ数日の剣崎は周りが不安になるぐらい静かだった。何かに憑かれたようにぶつぶつと口が動くぐらい。ミニゲームでゴールを決めたときも拳を作るぐらいで、わめきもしない。習慣としている居残りのシュート練習も、セットしたボールをシンプルに黙々…というか淡々と打ち込んでいた。
「剣崎さんどうしたんだろな。去年はもうちょっとはしゃいでたのに」
「思い詰めてるというか、明日の試合以外何も考えてないって感じだよな」
一つ下の矢神と三上も、普段と違う剣崎に戸惑っていた。犬猿の仲である友成ですら、「あいつ大丈夫か?」と気にかけるほどだった。
場は訓辞を述べるバドマン監督に戻る。最後に選手を鼓舞するように喝を入れた。
「その日付を未来永劫輝かしいものとするため、明日の試合に勝つ!勝って歴史に名を刻みたまえ!」
明けて試合当日。紀三井寺陸上競技場は、改修後はもとより開場以来最大の盛り上がりを見せていた。競技場内の駐車場は満杯となり、近隣のテーマパーク、和歌山マリーナシティ内の臨時駐車場からシャトルバスのピストン輸送。JR和歌山駅からもシャトルバスを用意。中には最寄りの紀三井寺駅から遊歩道を歩いてきた強者もいる。
混雑を予想し、警備員やバスの手配を昨年のG大阪戦の3倍近い備えをしていたが、それで辛うじて賄えていた状態だった。
その様子を今石GMと竹下社長がスタンド最上階の通路から見下ろしていた。
「いやあ凄まじいものです。予算オーバーの人員を備えたのですが、三好さんがてんやわんやですよ」
「まあ、彼女は広報はじめ運営管理も一手に担ってますからねえ。しかし…」
「しかし?何かありますか、今石GM」
「いやね、これ相手がセレーノ大阪だったらどうなってたろうなあってね。近場だし、晴本はじめ糀原、矢口、南出のイケメン代表クラスがズラリで、しかも現役アルゼンチン代表のエースも入った。多分街が混乱してたでしょうね」
「…そうですね」
今石の呟きに、竹下社長の顔はひきつっていた。
「…いよいよだぜ」
ところ変わってロッカールーム。右腕にキャプテンマークを巻いた剣崎は、静かに呟いた。そして上を見上げた。
「気合い入ってんな、お前」
「…クリか。悪いかよ」
「別に。入れた気合いを力に変えれる。今日も頼むぜ、エース」
「…おう」
ロッカーを出ると、この試合ベンチ入りしていない仲間たちが、整列してタッチを交わすために手を出していた。先頭に立つ川久保が言った。
「歴史を作ってこい」
「…ウスッ」
乾いた音が通路に響く。あとにつづく選手も次々と交わしていった。メインスタンド下の通路に、対戦相手の広島イレブンが並んでいた。先頭に立つのは、プレスカンファレンスで戦線布告した瀬藤だ。並んだ時に、目を合わさずに言葉をかわした。
「J1へようこそ。その粋良しだが、厳しさ教えてやるからな」
「…胸借りるっす。必ず勝ってやる」
つい言葉に力が入り、一緒に入場する子供の手を握る力が強くなった。思わず子供がわめく。
「痛い痛い、痛いよ剣崎せんしゅ」
「げっ…。わ、悪い」
その時、剣崎はハッとした。なんというか、我に帰った感覚。頭が冷静になっていくのを実感した。
「悪いな坊主、あとでサインボールやるから勘弁してくれ」
「えっ、ホント」
「あ、ずるい」
「ぼくにも〜」
すると回りの子供たちが騒ぎ出す。
「わーったわーった。後でみんなにやるからな。あ」
子供をなだめたあと、整列した味方に声をかける。
「なあ。どうせならみんなのサイン書こうや。22球ぐらいどうってことねえだろ?」
「えー、お前のせいだろ?」
「なんで俺たちが尻拭いすんの」
皆口々に文句をたれるメンバー。だがみんな笑っている。全員の緊張が解れていった。
その頃のスタジアムでは、スターティングメンバーの発表が始まっていた。アウェー広島のスタメンをウグイス嬢が淡々と読み上げる…のだが、歴史的な一戦で緊張しているのか、時々声が上ずった。発表が終わり、アナウンス室ではガチガチだったウグイス嬢を、スタジアムDJが声をかけた。
「大丈夫?なんか今日ひどかったぜ」
「すいません。すごい緊張しちゃって…」
「まあ、ドンマイ。じゃあ俺がバッチリ決めてやるぜ」
そう言ってスタジアムDJはマイクのスイッチを入れた。
「さあぁアガーラ和歌山サポーターの皆さあん、大変っお待たせいたしましたっ!続いて、アガーラ和歌山、J1初陣の歴史的なオープニングイレブンっ、ご紹介しましょうっ!!!」
「神の手宿す、世紀の守護神っ!背番号、20!ゴールキーパー、友成っ哲也ぁっ!」
ドンっドンっドンっ「とーもなりぃっ!」×4
「爆走っ!コリアンエクスプレスっ!背番号、15!ディフェンダー、ソーンっテジョン!」
ドっドンっドっドンっ「ソンテージョーン」×4
「セルビアの若き星っ!全てを封じるクラッシャーっ!背番号、26!ディフェンダー、ヴぁゼールビィッチ!!」
ドンっドンっドンっ「ザウテンっ!」×4
「頼もしき、紀州のヘラクレスっ!背番号、5ぉっ!ディフェンダー、大森っ優作ぅっ!」
ドンっドンっドンっ「おーもりぃっ!」×4
「目指すは世界!アガーラフリューゲルっ!背番号、14!ディフェンダー、関原けーい治っ!」
ドンっドンっドンっ「けいじーぃ!」×4
「小さいな体で大きな仕事っ!戦艦アガーラの航海士っ!背番号、2ぃっ!ミッドフィルダー、猪口っあたーいーちっ!」
ドンっドンっドンっ「たいちーぃっ!」×4
「チーム浮沈の鍵握る、リーサルウエポンっ!背番号、4!ミッドフィルダー、江川っ樹!」
ドンっドンっドンっ「えがわぁっ!」×4
「正確無比にパスを放つ、レフティースナイパーっ!背番号、8ぃ!ミッドフィルダー、くーりーすっ!将人っ!」
ドンっドンっドンっ「くりすぅーっ!」×4
「フィールドを支配する、生まれながらのファンタジスタっ!背番号、10っ!ミッドフィルダー、こーみーやっえーいっしんっ」
ドンっドンっドンっ「こみやぁーっ!」×4
「ゴールへ吹き抜ける、一陣の風っ!背番号、16!フォワード、竹内っ俊也っ!!」
ドッドッドドドド「たけうちとーしーやー、たけうちとーしーやー、たけうちとしやぁーラララーラーラーラーラー…たけうちとーしーやー、たけうちとーしーやー、たけうちとしやぁーラララーラーラーラーラー…たっけうち!たっけうち!たっけうち!たっけうち!いけっ!いけっ!いまここでっ!いけっ!いけっ!いまここでっ!!」※原曲「愛しておくれ」
「新たな歴史を刻む、人類無双のストライカーっ!背番号、9ぅっ!フォワード、剣崎ぃっ!龍一ぃっ!」
ドッドッドドドド「りゅーいーちゲットゴーオル!りゅーいーちオオーオオー。りゅーいーちゲットゴーオル!りゅーいーちオオーオオー」※原曲「トレイントレイン」
ドドドン「りゅーいち!」×4
「ハットトリックへあと3てーんっ!!」
2トップのチャントが高らかに響き、スタジアム(主にホームゴール裏席周辺)のボルテージは急上昇する。
「つづいて、リザーブのご紹介です。泰然自若が信条。頼もしき門番っ!背番号、1!ゴールキーパー、天野っだーい輔っ!!」
ドンっドンっドンっ「あまのぉーっ!」×4
「勝ち点3まで、フルスロットルっ!背番号、21!ディフェンダー、長山っしゅーたっ!!」
ドンっドンっドンっ「ながやまぁーっ!」×4
「クレバーにパスを断つ、レーザーストッパー!背番号、23!ディフェンダー、ぬーまーいっ琢磨っ!」
ドンっドンっドンっ「たくまぁーっ!」×4
「全てを切り刻む、マッハドリブラー!背番号、7!ミッドフィルダー、桐嶋っ和也っ!」
ドンっドンっドンっ「かずやぁーっ!」×4
「イレブン統べる闘将っ!背番号、17!ミッドフィルダー、チョーンスンファーン」
ドっドンっドっドンっ「チョンスンファーン」×4
「百戦錬磨!さすらいのマルチローラー!背番号、31!ミッドフィルダー、マルコスっソウザ!」
ドンドンドドドン「マルコスソ-ザー」×4
「そびえ立つ、紀州の摩天楼っ!背番号、18!フォワード、鶴岡っ智之っ!」
ドッドッドドドド「つるおかつるおか鶴岡智之ごーおるまーえの摩天楼!だーれもだーれもとーどかなーいー人類未踏のヘディング弾、うぉいっ!!」※原曲「テトリスBGM」
「そして、監督は、ハイテンションプロフェッサーっ!ヘーンドリーックバドマァァァン!!!」
ドンっドンっドンっ「ばどまぁーんっ!」×4
「これら栄光の戦士たちを支えるのは、背番号12っ!我らがっアガーラ和歌山サポーター!!J1に挑む選手たちを全力でっ応援してっむぁいりましょうおおおっ!!!!」
スタジアムDJのテンションに合わせて、スタジアムはいよいよ戦いのときを迎えるのだった。
第1節スタメン&リザーブ(ホーム:対広島)
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF2猪口太一
MF4江川樹
MF8栗栖将人
MF10小宮榮秦
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
GK1天野大輔
DF21長山集太
DF23沼井琢磨
MF7桐嶋和也
MF17チョン・スンファン
MF31マルコス・ソウザ
FW18鶴岡智之




