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プレカンでバッチバチ

 リーグプレスカンファレンス。Jリーグの開幕が目前となったなか、全クラブの関係者が集まる一大イベントが開催される。それにアガーラ和歌山の代表として参加したのは、今石GM、三好広報、竹下社長以下営業スタッフ、バドマン監督、そして選手代表で剣崎と小宮が参加した。


 関空から空路東京に向かう機内で、竹下社長は気が気でなかった。何せ面子が面子である。かなりインタビュアー受けするコメントが言える剣崎はともかく、誰彼構わず悪態をつき、東京時代から記者対応の悪さが評判だった小宮をつれていることがその原因だった。

 無論、宮崎から戻った後のチーム内での揉め事の顛末も耳に入っている。

「今石君、大丈夫なんですか?小宮君、正直マナーがいいとは思えないんですよ…」

 隣の席に座って耳打ちされた今石も、どちらかといえば困惑していた。

「いやね。俺も竹内や栗栖連れて行きたかったんすけどね。バドマン監督がすげーごり押ししてきたんで…」

 小宮を連れていくと決めたのはバドマン監督。竹内で決まりかけていたところ「彼は五輪予選で地上波中継に出ているだろう。ネームバリューは彼はうってつけだろう」と口出し。一理あり、初めてのJ1を戦う上でインパクトも欲しかったため、結局その案を通した。

 竹下がやたら不安がるのが、小宮がチームを代表して決意表明を含めたインタビューを壇上で受けるのからだ。本来この舞台にはキャプテンである剣崎なのだが、剣崎は彼で別の要件で壇上に立つ。


 今回のプレスカンファレンスでは「エースストライカーの決意」と題して、各クラブの得点王ないしエースとして期待されるFWが各個人の目標を宣言するという催しがあるのだ。J2の2年連続得点王であり、J2の通算記録を塗り替えた剣崎は、ある種の特別待遇で呼ばれていた。






 会場につくと各クラブのブース前で関係者同士やマスコミによる名刺交換があちこちで行われていた。今石GMは早速元いた選手の移籍先や、引き抜いた元クラブの関係者に挨拶周り。強化関係者はこういう人脈作りは欠かせない。特にレンタル移籍という特殊な形態だったり、ドラフト制度を採用していないサッカー界は、クラブ間のコネクションがどれだけ確立しているかにかなり左右される。今石はまだそれが発展途上であるために、そうした活動はできるうちにとことんする必要があるのだ。

「これはこれは林さん」

 その中で近年コネクションを確立しつつある尾道のブースには、J1の17クラブの後ではあるが、J2への挨拶まわりの際には真っ先に駆けつけた。ついて早々、今石は頭を下げながら尾道の林GMに手を差し出した。そこには新任の正岡監督もいて、バドマン監督は若き新指揮官にコンタクトを取った。先に声をかけたのは正岡監督だった。

「はじめましてバドマン監督。尾道新監督の正岡忠満と申します。あなたの高名はかねがね」

「やあ正岡監督。なかなかプレッシャーのかかる仕事を引き受けた君に、同じ監督として敬意を表しますよ」

「いやあ、やりがいはありますよ。あなたこそ、個性派集団をたった一年でチームをまとめあげて優勝したのですから、その分ご苦労はあったでしょう」

「ははは。いやいや、荒くれ者のようでなかなか聞き分けがいいので楽させてもらいましたよ」

 知性派というより個性派同士で馬が合うのか、早くも話しに花が咲く両雄。一方で選手同士も花が咲いた。


「しかし去年の活躍は恐れ入ったぜ。まさか出てる試合以上に点をとるとはなあ」

「まあ自分で言うのもなんだけど、去年はめちゃくちゃいいシーズンだったっすよ。結構思い通りに点とれたし」

 その勝負強さでエースの地位を固めている尾道の荒川秀吉と、剣崎は旧交を暖めていた。昨年連絡先を教えてもらったものの、シーズンは敵同士とあって互いに連絡を取り合うこともなかったが、同じストライカーとして話が弾む。その最中、荒川は小宮に視線が移った。

「で、お前が剣崎の新しい相棒かい。いくらJ1でプレーできるとはいえ、よく和歌山を選んだな」

「なーに、同じボロ船なら浮いてる方がまだマシなんでね。それに俺はパートナーじゃなくて、こいつの飼い主だ」

 相変わらずの小宮節に荒川は苦笑するが、同じくクラブの選手代表として来ていた、最古参MF山田哲三は不快感を露にする。それを見た小宮はあえて周りに聞こえるように喋りだした。

「にしても、あんたらの去年の最終節は、無様極まりなかったっすね」

「な、なにい…」

 山田は思わず声をあげて詰め寄る。笑顔だった荒川の顔からもそれがいきなり消えた。嘲笑を浮かべながら小宮はあえて続けた。

「世間じゃ『涙を呑んだ』なんつって持ち上げてるけど、俺様からすれば『いつもどおりの負け』でしかなかったね。決めるべきときに決めれず、グダグタしてるうちに点とられて、あんたみたいなポンコツの神通力がないと取り返せない。ウチにあんたらのエースが来たけど、ただ数字重ねただけだってのがよく分かる。春先から醜態さらしてるとさ」

 言うと小宮は荒川を指差しながら正岡監督に言った。

「ま、この人以外はスター性ないし仕方ないか。あなたも苦労しますよ正岡監督。お手並み拝見…ってとこですかね」

「き、貴様っ!」

 あまりにも粗暴な言動に堪り兼ね、山田は掴みかかろうとするが、それより早く割って入った剣崎は小宮の胸ぐらを掴んだ。

「てめえ、いくらなんでもそこまで言うことねえだろっ!」

 しかしその怒号に臆せず、小宮はトレードマークといえる嘲笑を浮かべて掴んだ手をほどく。

「ふん。年長者を尊敬するのも結構だけどよ、てめえはそういう余裕ねえんだせ?いくら記録を達成しても、舞台がJ2じゃ話は別さ。俺様の態度がそうであるように、お前の実力が本物であるかの説得力は過去の2年にはないんだ」

 そして尊大な態度で見上げると言い放った。

「俺にしろお前にしろ、そしてこの尾道にしろ、今年それ相応の結果が出なきゃ世間は一斉に手の平を返す。バックボーンのない田舎のクラブにとってそれがどれだけ致命傷であるか、お前の足りない脳みそでも理解できるだろ?」

「ぐっ…」

 かなり強引な理論、言い換えれば極論であるが一理あるだけに、剣崎は押し黙る。決意がこもっているのか小宮の語気も強まっていた。いささか微妙な空気が流れた中で、沈黙を破ったのは正岡監督だった。

「少々語弊はあるが、君の言葉は忠告として受け取っておこうか。小宮君」

 そしてバドマンに一礼しながらこう言った。

「なかなか血気盛んな選手がいますね。J1でのご健闘、お祈りしましょう」

 穏やかな口調であったが目は笑っていない。これから率いるチームを、彼なりとはいえくさされて気分は良くない。謝意を込めてバドマン監督はもう一度握手しながら返す。

「…J1でお待ちしております。正岡監督」


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