凱歌の下で
「友成、おめでとう」
「おう、大輔。有終の美だな」
「はは、引退するわけじゃないけどな」
試合終了の瞬間、ベンチから一斉に選手が飛び出し、泣き笑いながら抱擁を交わしたり、両こぶしを天に突き上げて咆哮したりするなかで、ゴール前で腰を落として喜びに浸っていた友成のもとに手を差し伸べた。
ユース時代からの6年にわたって切磋琢磨し続けた、友成にとって最大のライバルであった天野。彼はこの試合を最後に和歌山を去ることになる。
「来シーズンは敵同士か。どっちが完封が多いか勝負するか?」
「望むところだ。どっちがベストイレブンに表彰されるか、まずはその勝負だ」
そう言いながら、天野はユニフォームを脱ぎだした。そして友成にそれを渡した。
「餞別だ。受け取ってくれ。来年は俺の番号をつけてくれ」
「今石GMには話つけてんのか?」
「まあな。『移籍するなら1番を友成に託せ』って。だからな」
「ほう。粋なことだ。だがよ天野、この後にゃセレモニーがあるから、着るのはそれからだ」
「あ、そっか。ちぇ、ちょっとカッコつけてみたんだけどな」
そう笑いあい、がっちりと握手を交わして、ライバル同士は抱擁を交わした。
「グチぃっ、やってやったぞ!」
「剣崎ありがとう、よくやったぞ!!」
選手用通路では、この日出場停止でベンチ入りできなかった猪口が、剣崎と喜びを分かち合っていた。
剣崎は猪口と抱き合うと、そのまま抱えあげて肩車。それに大森と野口も加わる。
「どうだグチ!眺め最高だろ」
「いやいや、天井近いって」
他にも桐嶋が竹内と別れを惜しんだり、小宮が三上にヨイショされていたりと選手それぞれに喜びを噛み締めている。そして剣崎はバドマン監督のもとに駆けつけた。
「おっさんどうだコンニャロウ!!天翔杯獲ったやったぜえ」
「よくやった剣崎ぃっ!冥土の土産をありがとうっ!!」
実は同じぐらいの体格の両者。がっちりと抱き合って喜びにひたる。そこに竹内や栗栖、久岡が駆けつける。その輪は次第に大きくなり、いつの間にかもう一度ピッチに連れ出されていた。
「おーし、ここなら大丈夫だ。行くぞゴルァ!せーのぉっ!」
剣崎が音頭をとって、バドマン監督の胴上げ。勇退する指揮間は、この日の得点数と同じく、三度宙に舞った。
地元和歌山も大はしゃぎだった。
「号外どうぞ!はーい号外でーす」
日曜日にも関わらず地元新聞社は号外を配布。パブリックビューイングが行われた県民文化会館や紀の川市役所前の会場は大いに賑わっていた。翌日選手たちが陸路バスに揺られて紀の川市のクラブハウスにたどり着くと、市役所職員や市民、サポーターら総勢100人超のお出迎え。夕方のニュースでダイジェスト放送が繰り返され、剣崎ら主力選手は引っ張りだこだった。
そして年末。和歌山市内のホテルにて、報告会が催され、なでしこリーグ昇格を決めたセイレーンズの選手たちと一緒に、アガーラ和歌山の選手たちを労った。
宴もたけなわとなったところで、登壇した全選手を代表して剣崎がマイクをもって、一般公募のサポーターやスポンサー各社の代表者らにあいさつした。
「1年間、後先考えずにがむしゃやにやり切れたのは、今日まで応援してくれた皆さんのおかげです。天翔杯獲ったことで、来年はACLを戦うことになりました。セイレーンズも、女子サッカーのトップリーグで来年は戦います。今年以上に気張っていきますんで、皆さんの一掃の応援、よろしくお願います!1年間ありがとうございましたっ!!!」
会場は万雷の拍手に包まれ、「和歌山県が最もサッカーに沸いた一年」が幕を閉じた。
「はあ・・・すごいことになっちゃったなあ。なんとかスケジュールをうまく調整しないと・・・」
お開きとなったホテルの通路で、三好広報が手帳片手に頭をかいていた。活躍した選手たちたいして、テレビからのオファーが相次いでいる。ビジュアルでもトークでも勝負できる選手が多いだけにその需要が高い。選手の疲労の度合いなども考慮してスケジュールを調整するのが広報の仕事である。
大変ではあったが、その頬は緩んでいる。それだけ選手の頑張りが実っている証拠であるからだ。
「なんとかこれをうまく生かしていかないとね」
そう張り切る三好広報が、喫煙所を通りがかった時だ。
「来年は大変だねえ」
話しているのは県議会議員の面々だった。内容がつい気になった三好は、陰に隠れて聞き耳を立てる。
だが、そこでは聞きたくない会話が交わされていた。
「まったく、強くなって盛り上がるのはいいが・・・。また血税を使うのか。議長はやけに張り切ってましたけどね」
「何年かかかっての積み上げての強さならわかるが、今のはねえ。たまたますごい選手が集まって、それがかみ合っているだけ。単なる勢いですよ」
「その分我々県民が支援『しなければならない』部分が増えるわけだ。飛行機代が余計にかかるから」
「正直・・・迷惑ですよね。和歌山県全体が盛り上がっているわけでもないのに」
「大企業を誘致してくれるならまだわかるが、相手サポーターも大して金を落としてくれるわけではないしなあ」
「弱いなら弱いなりにぞんざいに扱えたが、こうも結果を残されては無下にもできなくなる。それでいて『税金の無駄遣い』だなんて叩かれるのは我々なんだから、割に合わんよ。私はサッカーなんてよくわかんないのに」
「がん、とまでは言いませんが、いずれそうなる時も来ますよ。来年の国体が終わってしまうと県民のスポーツ熱も冷めますよ」
「いっそのこと来年でJ2に落ちてもらえませんかね。国体という大義名分も終わるから、スポーツの予算を縮小しても反対はそうはおこらないでしょうし」
「いずれにしても、来年は頭が痛いですな」
(この話・・・。聞かなかったことにしよう。こんなこと、選手には話せない)
三好広報は、現実を思い知らされた絶望感とくやしさ、そしてそれをとがめられない歯がゆさを胸にしまい込んで、その場を立ち去った。
第3シーズン、これにて終了です。
来年、オーバーヘッドシリーズは、大きな転機を迎えます。




