圧倒的
「ナイス野口」
「トシ、いいボールサンキューな」
ゴール直後、竹内と野口は互いをたたえて抱擁を交わす。そこに剣崎が飛び掛かってきた。
「うおらあ、俺の流しがあったからゴールができたんだ。俺もまぜやがれぇ」
二人にダブルラリアットをかますかのように飛びついて押し倒した剣崎。そこに佐川やソン、栗栖も加わる。苦しい時間帯をしのいでカウンターで先制点。鮮やかなどんでん返しに、スタジアムの右半分を緑に染めた集団から歓声が起きた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお先制点取ったあああああああああああ」
「マジでかっ、これマジでかっ!!!!」
「行ける行ける行けるっ!!!天翔杯獲れるぞっ!!」
ゴール裏のサポーターは、早くも狂喜乱舞。中には優勝を確信して、手にしたペットボトル(2リットル)の水を頭からかぶっているものもいる。そんな集団に、サポーターグループ「紀蹴緑化団」の紅一点、リズムキーパー(太鼓叩く人)のアユミが一喝した。
「何はしゃいでんのさっ!まだ前半なんだよっ!?これはリーグ戦じゃなくて一発勝負のトーナメント、その決勝なんだからね。ウチらと清水じゃ歴史も違うし、第一リーグ戦はホームで負けてんのよ?今から勝った気でいるんじゃないわよっ!!」
それに合わせて、コールリーダーを務めるケンジが、グループの若手メンバーやライト層に、メガホン片手に訴えた。
「いいっすかみなさんっ!!偉そうなこと言うかもしんないけどっ、俺たちはまだ何にもやっちゃいねえ。やっとぉ、天翔杯優勝という頂に向かって、最後の一合を登り始めたばっかだっ!!こっからさき、いくら点取ってもはしゃぐんじゃねえっ!!喜びの爆発は終わるまで取っといてくださいっ!!」
そして音頭を取り、選手たちにエールを送り始めた。
それを見ていた友成は、頼もしさを感じて笑った。
「なかなかわかってる奴がいるじゃねえか。ウチのバカどもも、はしゃいだままじゃなきゃいいが」
そう言って前線を見やるが、輪が解けた後の味方を見て、それは杞憂であった。剣崎が再開にあたり、こうゲキを飛ばしていたからだ。
「さあぁもっかい集中しようぜっ!!俺たちは紀三井寺じゃこいつらにやられてんだからよ!!」
試合再開。予想通り、清水の選手たちは気持ちを落ち着かせてから、再び攻撃を仕掛ける。後ろからじっくりと組み立てながら、和歌山のゴールに迫ろうとしてきた。しかし・・・
「くそ。こいつら・・・うざいところに居やがる」
清水のMF本間は、パスの出しどころをうかがっていたが、その判断に迷った。どの方向にも和歌山の選手が視界にちらつくようなポジショニングで、出し手に「とられるんじゃないか?」という心理的なプレッシャーをかけていた。
(出しどころもねえし、いったん戻すしか・・・)
「なら俺にくれ」
バックパスをしようとした本間から、小宮がボールを奪った。そして剣崎にキラーパスを通した。
「やるじゃねえか小宮。あとは任せとけっ!!」
そう意気込む剣崎だったが、渾身のシュートから放たれたボールは、明後日の方向に飛んでいった。
「ふーん、『遠くに飛ばす』のは任せとけってことか」
「ち、ちげーよバカっ!気にせずもっとよこせっ!!」
顔を赤らめながら、棒読みで突っ込む小宮に言い返す剣崎であった。
一方で清水の選手たちは、なんとか反撃したいところだったが、和歌山の猛攻に腰が引けていた。
ついでに言うと、自分たちの時間帯でチャンスを逃すうちに失点してしまうという、リーグ戦の悪いパターンにはまっていたことで、若い選手が多い清水の選手たちは「なんとしても追い付かねば」と気負っていた。若さで言えば和歌山と大して変わらないが、スタメンとしての経験値には雲泥の差があり、それが数字の差が生まれたことで顕在化した格好だ。
『まだ試合は終わっていないぞっ!!もっと前に出るんだっ!!』
今ピッチにいる22人の中で最年長で、現役スロベニア代表のニコルビッチが、味方をジェスチャーを交えながら鼓舞するも、かえって余計に気負わせることになった。何とかしなければという思いが、かえって足かせになっていた。
そしてその空気を、人類無双のストライカーはかぎつけていた。
だからこそ積極的にシュートを打った。そしてため息をつかせた。
「おんどりゃぁっ!!!」
ソンからのクロスに対し、ファーからニアに走りこんでスライディングてボレーを放った剣崎だったが、またも枠に入らず給水ボトルとともにボールが宙に舞う。
「クソッたれ!!!!」
ゴール前に仰向けで大の字になった剣崎は、芝を叩きながら悔しがった。再開後に小宮のパスをシュートして以降、実に5本のシュートを放ったが、クロスバーやポストには命中するが、一度も枠の中には飛んでいなかった(らしいといえばらしいが)。普通、自分たちの時間帯で得点できなければ、ここらでカウンターを喰らいそうなものだが、清水の選手たちはなかなかそのチャンスをつかめないでいた。
剣崎の醸し出すオーラに、最終ラインをはじめとした守備の面々がのまれているからだ。シュートを打てば打つほどその精度は良くなり、迫力は増す。眼光も鋭くなり、ボールを呼び込む一歩目が早くなる。このプレーぶりに得点王という目に見える肩書が加わっているのだ。敵も味方も「そろそろ決めるんじゃないか?」という空気を帯びる。それをわかっているから小宮や栗栖、竹内が剣崎にボールをつなぐのである。
そして前半アディショナルタイム、ついにエースの一撃が決まる。
「そろそろ決めようぜ!得点王っ!」
右サイドをかける竹内がフリーになり、ゴール前に低いクロスを打つ。
ニアにいた剣崎は、自分の右側から飛んできたボールに対して一瞬正対すると、それを右足のボレーシュートでゴールに叩き込んだ。
「後ろから来たボールだろ?・・・なんでボレーで打てるんだよ。しかも対角線上に・・・」
清水の誰かがそう絶句して、前半終了のホイッスルが鳴った。




