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契約満了だけが別れのしるしではない

今回はめまぐるしくしゃべります。

「ふう・・・」

 試合前、整列している最中に大森は一つ息を吐いた。その様子はどこか寂しげである。気になった野口が聞いた。

「どうしたんだ大森。ずいぶん浮かない顔してるな」

「浮かないというか・・・なんかこう、走馬灯みたいにふと思い立っちゃってさ。まさか俺がここまで成長するとはね。和歌山に入ったころは思ってもみなかったさ。プロでできるかどうかでいっぱいいっぱいだった俺が、よそからオファーもらって移籍する立場にまでなったんだからさ」


 シーズン最終戦前、ともに昇格の喜びを分かち合った選手たちのうち、川久保と吉岡は引退したほか、マルコス、手塚、長山、毛利、そして今年加入した村瀬に、レンタル移籍中の沼井が契約満了となることが発表された。そしてリーグ戦を終えてから、野口の天翔杯終了後の尾道返還が決定し、さらにGK天野とDF大森がチームを去ることが発表された。

 かねてより水面下で争奪戦が繰り広げられていた両者。天野は「試合に出場できる可能性を優先した」結果、最も高額な条件を提示した名古屋ではなく、J1残留を果たした甲府を選んだ。そして大森は悩みぬいた末に鹿島への移籍を決断。同じリオ五輪代表の小野寺とともに常勝鹿島の再建を担う役割を目指した。

 そしてこの試合の前日に、桐嶋も移籍を発表。来シーズンからJ1に昇格する松本へ完全移籍。「今のチームではこれ以上の自分を想像できない。もう一度ストライカーとして位置から勝負できる環境に行きたかった」と不退転の決意を語っていた。


「なんだ、大森が感慨に浸るのが分かる気がするな。ここすげえ居心地いいもんな」

「ああ。すげえ連中と一緒にすげえ監督とGMのもとでプロになれたんだ。今日の試合、勝って置き土産を残して、全部の人に恩返しだ」



「しかしカズ、お前も思い切ったことするな」

 こちらはベンチ入りメンバー。天野は電撃的に移籍することになった桐嶋に、改めて声をかけた。

「まあ、正直自業自得だけど、俺の立ち位置が分からなくなっちまったんだ。FWとして入ったはずなのに、いきなりサイドバックになってそっからは左サイドばっかだ。でも俺だってゴールを取れるってことを証明してえんだ。だから決めた。俺からしたらお前もそうさ。ユース同期の移籍第一号だもんな」

「・・・。移籍を決めるって、すごい重かったよ。GMの言葉も効いたしな」

「え?なんか怒鳴られたのか?」

「いや。『自分が一番後悔しない選択をしたんだから、絶対に泣くな。詫びなんて言ったらげんこつだ』ってね」

「ハハハ、あの人らしいな」



「クリよ。今日は最高の試合にしてえな」

 そしてピッチ上。剣崎は栗栖にふとつぶやいた。

「何だよ辛気臭いな。お前らしくもねえ」

「そうか?だってよ、大輔とか大森とか、桐嶋カズを気持ちよく送り出してえじゃんか」

「情に厚いやつだな。ウチを見捨てていく連中だぜ?」

 あえて挑発気味に言う栗栖だったが、本心は違う。移籍を決断した3人は同期入団、つまり3年間も苦楽を共にしたのだ。その門出を祝いたくないはずがない。剣崎もそれぐらいわかっている。だから笑って言った。

「へへ、あいつらがいなくなっても、このクラブには俺がいるんだ。俺のすごさをしっかり目に焼き付けて、来年J1を熱くしてやろうぜ」

「じゃ、今日の清水との天翔杯は、その行きがけの駄賃ってとこだな」

「そういうこった」



「私は非常に恵まれた監督だね」

 バドマン監督も、何気につぶやいていた。

「今更気づいたんですか?そんなに呆けてるのなら、辞めて正解ですね」

 傍らの松本コーチも、意地悪に答える。

「言うようになったねえ。私の後任も、その頼もしさを持ってよろしく頼む」

「ええ。あなたが選手に与えたいろんなものと一緒にね。・・・最後の試合、勝って終わりましょう」

「当然だよ」





 試合は清水ボールから始まった。


 ある程度予想されたことだが、序盤から清水は果敢に攻めた。和歌山はビハインドの試合展開があまり得意でないこと、そして実質ノーボランチという守備軽視の布陣を敷いていたことから、積極的にゴール前に仕掛けた。残留争いの渦中においても攻撃的なサッカーをし続けたことで、得点力は決して低くない。また、榎戸監督のもとそれまで控えだった選手や新人が多数起用されている。若さと勢いという点に関しては、清水も負けず劣らずだった。


 だが、練度の差は明らかだった。


「うわっ!」

 裏に抜け出して仕掛けた清水のFW高見は、キーパー友成の一対一を迎えたはずだったが、至近距離の一撃に完璧に弾かれて思わずうなった。

「くそ、よく止めたな・・・」

「止めれないほうがおかしいのさ。打つ気満々に加えてモーションが読みやすいんだよ。それに、わざわざ俺が『作らせた』スペースに走ってきてくれたしな」

「え?」

 瞬間、高見はあっけにとられたが、振り返ると、確かに自分でも内心戸惑うぐらい簡単に裏が取れた。それはつまり、友成がコーチングであえて侵入路を用意して、そこで待ち構えていたのである。それなら抜群の反射神経を活かしての至近距離のセービングも可能だ。ましてやリーグ唯一の8割超のセーブ率を誇る友成を破るのはそうそうできることではない。


 ならばとコーナーキックから高さで攻めようとするが、ターゲットのFWニコルビッチは大森ががっちりと抑えてヘディングを打たせず、こぼれ球をバゼルビッチがいち早く回収。そして得意のロングフィードで一気にカウンターを仕掛けた。


「そらよっ!」

 バゼルビッチからのロングパスを、剣崎が頭で清水の最終ラインの裏に落とし、オフサイドギリギリのタイミングで飛び出した竹内が一気に詰め寄る。清水のキーパー引田は間合いを一気に詰めるが、そこで竹内がにやりと笑った。

「悪いね、俺じゃないんだ」

 そう言ってボールを左に流す竹内。完全どフリーの野口は、ぽっかり口を開けたゴールに冷静に流し込んだ。

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