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最高の名誉を目指して

 2014年のJ1が閉幕した。

 今シーズンは復帰一年目のガリバー大阪のリーグ制覇と、初昇格のアガーラ和歌山の旋風ともいえる快進撃と昇格組が沸かせた一方で、3年連続でサプライズ降格があった。それも過去2年を凌駕するほどの。


 最下位は大型補強で春を賑わせたセレーノ大阪。ブービーは『残留の帝王』の異名をとり、何だかんだで10年J1に居座った大宮アランチャ。そしてJリーグそのもののオリジナルメンバーであり、日本のブラジルとも言える静岡に籍を置く清水エスポワルス。

 来シーズン、J1から史上初めて「オレンジ」と「静岡県」が消えるという歴史的大事件だった。和歌山もアウェー用はオレンジだかエンブレムやフラッグは緑一色だ。



「メンツ・・・というか、我々にもオリジナルメンバーとしての意地があります。償いになるとは思っていませんが、天翔杯のタイトルはなんとしてもとりたい」

 天翔杯決勝を2日後に控えたこの日、練習場で囲み取材を受けた清水の榎戸監督は、降格のショックを感じさせないように、毅然とした態度で言い切った。


 これがサポーターになるともっと悲壮感が漂う。古いサッカー通による「『日本のブラジル』として僻地の新興クラブに負けるわけにはいかない」というのは過激にしても、共通して「せめて天翔杯は優勝してほしい」と、シーズンの傷を少しでも癒したいという思いが見え隠れした。




「明後日で静岡のサッカーの歴史に終止符が打たれるね」

 ところ変わって和歌山県のアガーラのクラブハウス。練習を終えた小宮が、記者に自分を囲ませて、得意げにそう言った。

「『日本のブラジル』のプライドと誇りを、野球王国の貧乏クラブがズッタズタにする。これでスポーツ紙の一面飾らなきゃウソだろ?」

 相も変わらず大言壮語を連発する小宮。「そこまで言っといて負けたらどうするんですか?」という突っ込むに対してはこういい返す。

「だったら優秀なカメラマンにでも言っときな。『呆然とする無様な嘘つきを一面で使いたい』ってな。リクエストに応えて打ちひしがれてやるよ。あり得ねえけどな。ヒャハ」

 無論、小宮のコメントは一般紙に載ることはなく、主に夕刊スポーツ紙に掲載されることになる。そしてネット上で大いに燃え盛るのだった。ただ、リスペクトの違いはあれど、これに似たニュアンスの言葉を言う選手は意外に少なくなかった。

「J2優勝の時とはけた違いに注目度が違うから、ここで勝てば日本のサッカーに間違いなく名前が残る。それこそ『歴史を変えた』と言わすことができるぐらいのレベルじゃないっすかね。それだけ『静岡=サッカー』『和歌山=野球』というインパクトが素人的には強いわけだから。めちゃくちゃ楽しみっすね」と友成は言う。あの竹内ですら「勝った後に得られる名誉は多分J2優勝やJ1昇格の比じゃない。何としても勝ちたいですね」と強気な発言を見せた。

 また、チームメートに対する思いを口にする選手もいる。剣崎は、準決勝で退場処分を受けた猪口の分まで戦う気概だ。

猪口グチほど資格のある選手はいないのに、その舞台に立てない。だからあいつの分まで戦うっすよ」

 そして栗栖は、退任するバドマン監督への思いを語った。

「時間はたった2年だけど、人生で一番濃かった2年間だと思う。この天翔杯を勝って最後の花道をはでにしたいっすね」



 そして当日。まずアガーラ和歌山のバスが、会場である横浜国際競技場に到着。車窓からバスを囲むテレビカメラの多さに、剣崎は驚いていた。

「ほえ~すげえな。今までで一番多いんじゃね?」

「かもな。アナウンサーも何人かしゃべってるみたいだから、もうニュースで使うように撮ってるんだな」

 通路を挟んで向かいの席に座る野口が、少し緊張気味に話す。準決勝は契約の問題で出場できなかったが、この試合はスタメン出場する。この試合を最後に和歌山を離れることがリリースされているので、彼もまた最後の日を迎え、有終の美を飾らんと燃えている。


 通用口に停車し、次々とバスを降りる選手たち。口々に「寒いなオイ!」と天気に突っ込む。一時期の寒波はだいぶ落ち着いてはいるが、あいにくの小雨が寒さを際立たせる。

「相当きっちりアップしないときついな、これ」

「だな。乾布摩擦でもしとくか?」

 竹内のボヤキに、栗栖は苦笑いを浮かべながら茶化した。


 最後にバスを降りたのはバドマン監督。何人かの記者がバドマンの後を追いかける。

「今日で監督生活最後の一戦になりますが、今の心境は?」

 対して、いつものようにまずコミカルに返す。

「今の心境?う~ん『超寒い』ですねえ。早くこたつに入って、有田みかんを食べたい」

 そしてこう言い切った。

「人生最後の大仕事。棺の中で笑えるように、悔いのない勝利を得たいですね」

 謙遜にも聞こえたが、「勝利」と口走っているあたり、彼もまた並々ならぬ意気込みで試合に挑む。


 それはこの試合のスターティングメンバーにはっきりと表れていた。


スタメン

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF5大森優作

DF26バゼルビッチ

DF14関原慶治

MF16竹内俊也

MF8栗栖将人

MF10小宮榮秦

MF11佐川健太郎

FW25野口拓斗

FW9剣崎龍一


リザーブ

GK1天野大輔

DF22仁科勝幸

DF32三上宗一

MF7桐嶋和也

MF17チョン・スンファン

MF27久岡孝介

MF28藤崎司


 現状FW登録されている選手が4人スタメンに入り、中盤はフラットな布陣が想像され、ハッキリ言えば「ノーボランチ」であった。対してリザーブにFWがおらず、いずれも守備的なカードがそろう。前半で複数の得点を奪い、確実に試合を締めくくるという意図がハッキリと醸し出されていたのであった。


 今年のサッカーが、間もなく終わろうとしていた。

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