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それぞれの入れ替え戦~俺は俺のやり方で

「クソっ!!」

 監督が後半への指示を伝えてロッカールームを出た後、矢神は被っていたタオルを丸めると床に叩きつけた。

 帰り際のヤジに対する怒りではない。言われても仕方ない自身の働きぶりに対する憤りだ。そんなことをしても仕方ないとは思いながらも、つい行動に出てしまうものだ。

「なあ矢神」

 そこに声をかけてきたのは、2トップを組むベテランFW木本大輔だった。

「お前、今正直へこんでるだろ。『なんでこうも点が取れないんだ』ってな」

「・・・・」

 図星を指すように目を逸らす矢神。得意げに笑った木本はこうも続けた。

「FWってのは100回中99回ミスっても、1回決勝点を奪えばそれでいいのさ。だからどんどんしくじれ。つーか、しくじる自分を受け入れろ。自覚はねーだろうけど、きれいに行こうとして一呼吸遅いんだよお前は」

 そう言うと木本は離れた。


 耳の痛い言葉だった。特に後半は。まるで見透かされていたからだ。

 だが、すぐに意地を通した。

「しくじる自分を受け入れろってか・・・。ゴメンだね!!俺は俺でいるしかない」

 一瞬、剣崎のように、がむしゃらにゴールに向かうプレーを想像した。だが、それではダメだと受け入れなかった。他人のようにプレーしたところで付け焼刃でしかない。ましてやクラブにとって大一番の試合で、いまさらやり方を変えたところで好転するとも思えない。ならば、とことん自分のやり方で戦い切ろうと思った。

(誰にどうといわれようとも、俺は俺の方法で点を取る。しくじりゃ罵声を浴びりゃいいだけの話だ)

 立ち直った矢神に、木本は苦笑した。

「馬の耳に念仏でしたかね。ありゃ俺の話を完全に右から左だ」

「ま、いいじゃないか。それぐらい我を通してくれんと話にならん。ここで揺らぐようじゃ、エースとは言えないからな」

 傍らで玄馬はそう言った。



 そして後半、矢神のプレーは凄みを増した。自分のテクニックを惜しみなく披露するように、オフサイドギリギリのタイミングで裏に抜け出したり、密集地帯に合えてドリブルで切れ込んだりして、次第に長野の最終ラインにプレッシャーをかける。

「ひるむなっ!ラインを高く保てっ!」

 平井はそうコーチングして落ち着かせようとしたが、鬼気迫る矢神のプレーに彼自身も次第に迷いが生じるようになる。


 そして後半19分。均衡が破れた。高宮からパスを受けた矢神は、木本とのワンツーを経て平井と1対1になる。

「このっ!!」

 平井は距離を詰めてきたが、矢神は冷静にボールを軽く浮かせる。あざ笑うかのようなループシュートをゴールに流し込んだのだ。


 メインスタンドで矢神を野次ったサポーターは、思わずこう叫んだ。

「さすがエースだっ!!俺は信じてたぞっ!!」



「よくやったぜエース様よ!」

 木本はそう矢神をたたえたが、矢神はぶぜんとした表情を見せた。

「は?これで終わったとでも?あの程度の守備ならもっと取りに行きましょうよ。これで90分で終わることは決まったんすから」

 すっかり立ち直った矢神に、木本は再び苦笑する。そして呼応して再び長野ゴールに迫った。


 そして反撃に出てきた長野にとどめを刺してみせた。


 後半39分、前掛かりになったところでボールを自ら奪うと、一人でカウンターを発動。ボールを受けた矢神は30メートルを独走し、そのまま2点目を叩き込む。最後の大一番でエースとしての仕事を果たし、香川をJ2残留に導いた。


 矢神の和歌山復帰が発表されたのはその翌日のことだった。


「どうだ。今度はJ1でもやれそうか?」

 玄馬の問いかけに、矢神は言い切った。

「やりますよ。俺だってそれぐらいの力はあるんで」

 一皮むけた矢神は『香川の救世主』という肩書と実績とともに、和歌山に帰っていった。

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