いつ「我が身」になってもおかしくない
後半、開始早々から交代カードが切られる。
そして代わりにはいる選手がアナウンスされると、アウェー席の一角を除いて大きな歓声が上がる。
バゼルビッチに代わって川久保がピッチに立ったのだった。
「えらい早い出番になっちまったな」
そう苦笑する川久保に、友成は強烈な毒を吐く。
「引退するからって、コーチングは手加減しませんよ?惜しまれるようなプレーした下さいね」
「はは。わかった。やってみるさ」
一方でセレーノの方は動きなし。反撃に出るべくジョーカーのドイツ人FWの投入も考えられたが、同じメンバーで後半を戦うことに。
そして同じように和歌山が圧倒する。「学習能力がない」というのはあまりにも酷だ。絶対的なエースの晴本が海外移籍で去り、キャプテンの山内が長期離脱、期待のファルカンが機能不全、そして若きホープ南出が絶不調とあらゆるネガティブ要素が絡んだ中で二度も監督が代わっては、回帰する原点が存在しない。そんな状態で小手先の対策を施したところでどうとなる問題でもなかった。
「行けっ!テジョン」
左サイドでキープしていた佐川は、逆サイドで駆け上がるソンに向かってロングパス。受けたソンは相手サイドバックを引きつけてキープを続け、フォローに来た藤崎に預け、藤崎が剣崎目がけてセンタリング。これを剣崎が頭で落とすと、同じく駆け上がっていた猪口が右足を振りぬき追加点。同じような攻めで追加点を上げた。
「うおっ!?」
不意に飛んできたシュートに対して、川久保は懸命に足を伸ばす。かすって勢いが死んだボールは、コンビを組む大森がクリアする。
「ナイスっす川久保さん!まだまだやれますよ」
「よせよ大森。今のが俺のいっぱいいっぱいだ」
和やかな先輩と後輩のやり取りに、友成は毒づく。
「引退試合だからって甘えないでくれよ。ま、限界悟れて正解だから、今は楽しんどけ」
「はは、偉そうに」
「花道ぐらいはきれいなのを用意してやる。だからあんたも気張り切れ」
「もちろんだ」
無論、セレーノはやられっぱなしというわけでもない。前半こそ2本に終わったものの、後半は15分しなううちに4本のシュートを放って反撃。それでも驚異のセーブ率8割台を誇る守護神友成と、川久保を気持ちよく送り出そうという選手たちの粘り強い守備がそれを許さない。さらに竹内、久岡に代えて野口、根島を投入する余裕のベンチワーク。もがくセレーノをその度にへこませるほど和歌山は冴えていた。
そんな中でコーナーキックを得る。そこで根島がセンタリングを上げ、それを川久保が叩き込んだ。引退試合のゴールをルーキーがアシストするという劇的な展開。
それでいて剣崎は、どこかもやもやするものがあった。
理由は言わずもがな、セレーノの選手たち、そしてサポーターたちの漂わせる絶望感にあった。
もっと死に物狂いで来ると覚悟していたが、ふたを開ければ失点するたびに青くなる選手たち。そして悲鳴交じりに声援を送るサポーターたち。そんな相手を『いたぶる』ような試合展開となり、負う必要がないのに罪悪感を感じ始めていた。
そこで剣崎は自分の顔を叩いた。
「お~いってえ」
「何やってんだお前・・・」
突然の行動に野口は思わず言葉を失う。なにせ剣崎の両頬には紅葉が浮き上がっていたからだ。
「嫌なに。甘い俺に喝入れたんだよ」
「にしても・・・やりすぎだろ」
試合は間もなくアディショナルタイムに入る。第4審判がそれを『3分』と掲示した。
(俺の馬鹿野郎が!何敵に同情なんて余裕ぶっこいてんだ。相手がどうだろうと勝たなきゃ駄目だ!それに、勝って喜ばねえと自分にも相手にも失礼だろが!)
どんな状況であっても負けるつもりで戦う者など誰もいない。勝ちたいという思いが根底にある。そして全力を尽くす。それが『自分』である。だから剣崎はついさっきの自分を恥じた。
「どんな相手でも全力を尽くして勝つ。俺がやるのはそれだけだっ!」
意志を取り戻した剣崎は、野口のポストプレーからだめ押しの一撃を叩き込む。
その直後、ホイッスルが高らかに響いた。
セレモニーを前に整列する途中、剣崎はアウェーチームのゴール裏席を見やる。そこにはうなだれる選手に罵声と激励の声を涙しながらぶつけるサポーターの姿があった。
その瞬間、剣崎は誰かにケツを蹴り飛ばされる。犯人は友成だった。
「『あのまま』やってたら、延髄蹴ってたぞ。馬鹿なりに正気をよく戻したな」
いつもならキレ返すところだが、剣崎にその気はない。友成は呟いた。
「あの光景こそ、目に焼き付けとけ。俺達のサポーターをあんなザマにしたくないならな」
「・・・たりめえだ」
珍しく、エースと守護神の気が合った。
その時スタジアムは、川久保の引退スピーチに涙を流していた。
剣崎たちのJ1初陣は、残りあと一試合。
そして頂点に立つための戦いも、あと一試合。




