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9割惜別、1割生死の境目

 初めてのJ1での戦いも残すところあと2戦。11月30日のリーグ戦第33節はホーム最終戦となった。試合終了後には先日引退を表明した川久保と吉岡の引退セレモニーが催される予定で、いわゆる戦力外となった選手たち、さらには退任するバドマン監督がそれぞれ挨拶する。


 サポーターたちの心情はなんともさみしい気持ちだった。この日を迎えたいような迎えたくないような・・・。長らく和歌山を応援した人間にとって、川久保は「ミスターアガーラ」と呼ぶべき存在。その男の紀三井寺ラストマッチなのだから、足取りは軽いようで重い。勝ち点上で優勝の可能性を残してはいるが、むしろそっちのほうに気が向いていた。



 一方で乗り込んでくるアウェーサポーターは、殺伐としたオーラを放っていた。


「セレーノ大阪っ!!セレーノ大阪っ!!」


 敵地にもかかわらず、チームのバスがスタジアムに入ると、グループが「勝ち点3ONLY」「J1死守」「残留するで!!」といった横断幕を広げながらエールを送り続ける。開幕前は大型補強で優勝候補にも挙げられていたが、大物外国人は戦力にならず、エース晴本がまさかの海外移籍。瓦解したチームは二度の監督交代という荒療治も功を奏さず、いよいよ土壇場に座らされた。現在最下位のセレーノは残留ラインの15位との勝ち点差は4。勝てば「他会場の動向次第で残留の可能性」という執行猶予を得られるが、負ければ無条件で降格が決まる。



「ククク・・・。今更無様なもんだな。優勝候補の成れの果てってやつだな」

 試合前のウォーミングアップ中、アウェーサポーターの悲壮感を見て、小宮は傷口に塩を塗り込むように嘲笑を浮かべる。それを栗栖は苦笑いを浮かべてたしなめる。

「お前ねえ・・・。そういう皮肉は友達なくすぞ?」

「フン。そんなもん、とっくになくしてらい」

「あそ。んじゃ、俺や剣崎はお前の何なんだ?」

「そうだなあ・・・・。イヌ・・・は、言い過ぎだな。ま、召し使いってとこだな」

「はは、大して変わんねえじゃん。俺はともかく、あいつは従順じゃねえぜ?」

「だからこそ飼いがいがあるんじゃねえか。俺の想像を超えてくれなきゃ、パサーとしても面白くねえからな。それにお前が従順だった覚えもねえぜ?」

「当たり前さ。召し使いにつもりじゃないからな」

「んじゃ、俺はお前の何なんだ?クリ」

 今度は小宮が逆質問。栗栖は少し唸って、こう表現した。

「そうだな。『頼れる邪魔者』ってとこだな」




「ここは・・・我々のホームなのだ」

 試合前、バドマン監督はロッカーにてそう切り出した。

「なのに、世間の耳目はアウェーチームの命運に集まっている。これはいかがなものだろうか・・・」

「んなもんしょーがねえだろ。ペーペーの健闘なんてニュースはとっくの昔にすたれてる。初心者だった鳥栖や山形がそれなりにJ1で過ごせてんだ。つーか、今の俺たちじゃ飽きられてるしな」

 面倒になった友成がそう言って指揮官の演説を遮る。そこでバドマン監督はほくそ笑む。

「そのとおりだ。ならばここで、我々は『悪役』になろうではないか」

「あん?なんか反則とかでもしろってのか?」

 意味を理解できなかった剣崎がそう聞き返すが、「そんなわけねえだろ」と竹内がツッコむ。

「ただ勝つだけでは物足りない。どうせなら完膚なきまでに叩き潰そうではないか。レジェンドの引退試合をよりインパクトのあるものにしよう」

 バドマン監督はそう笑って今日の作戦を伝えた。



スタメン

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF5大森優作

DF26バゼルビッチ

DF14関原慶治

MF27久岡孝介

MF2猪口太一

MF28藤崎司

MF11佐川健太郎

FW9剣崎龍一

FW16竹内俊也


リザーブ

GK1天野大輔

DF6川久保隆平

DF32三上宗一

MF8栗栖将人

MF10小宮榮秦

MF24根島雄介

FW25野口拓斗



「でぇぃっ!!」

 猪口の鋭いスライディングは、セレーノのパスをカット。そのまま佐川につながれる。そしてゴール前にクロスが打ちあがる。二人にマークされた剣崎だったが、お構いなくヘディングシュートを放つ。

「行けやゴルァッ!!!」

 気合とともに放たれたヘディングはクロスバーにはじき返されるが、拾った藤崎がつなぎ直し、最後はグラウダーのクロスを竹内がヒールシュート。ゴールマウスにバックパスを放ったかのような一発で和歌山が先制した。まだ、開始7分でのことだ。

 そのわずか4分後には、セレーノの最初のシュートをキャッチした友成の強烈なパントキックがアタッキングサードにまで届き、最終ラインの背後を取った竹内がキープして剣崎がミドルを叩き込んだ。


「ナイスシュート」

 ゴールを決めた剣崎に竹内が駆け寄りグータッチを交わす。その時に、剣崎は本音を漏らした。

「なあトシよ。今日俺ってホントにセレーノと試合してんのか?」

「何だよいきなり」

「いやよ、晴本さんが移籍して、監督もコロコロ代わって・・・チームってこうももろくなるんだな」

「・・・そういうのやめとけよ。あからさま批判は良くないぜ」

「それぐらいわかってら。小宮と一緒にすんな」

「・・・ま、正直俺も同じ事考えてるよ。つくづく、チーム作りって怖いよな。作るのはすごく苦労するのに、壊れんのはあっという間なんだからよ。まるでドミノみたいにさ」

 どうもゴールという結果を得ているにもかかわらず、釈然としない二人だった。



「降格チームによるある光景だが、相手がボールを持った瞬間、失点を恐れるあまりほとんどの選手の視線はボールホルダーに向く。そのパスやドリブルのコースの遮断に躍起になり、詰め寄る結果広大なスペースが開く。今日は攻める上ではなるべくサイドから揺さぶりをかけ、逆サイドへのロングパスを有効活用したまえ。面白いように裏のスペースを使えるよ」

 試合前の指揮官の予想通り、和歌山はサイドチェンジを軸にした攻撃で徹底的に揺さぶった。まるでシーソーのようにセレーノの選手たちは、ボールホルダーのいるサイドに重心が傾き、逆サイドに振られるといとも簡単にバイタルエリアへの侵入を許す。佐川、藤崎、関原、ソンが両サイドのイニシアチブを保ち、ゴール前にクロスを入れ、あるいはドリブルで切れ込んだ。


「守備についてだが、ボールホルダーには無理に突っかかるな。とにかく先制点を得るために縦に急ぎがちになる。おそらく、ボールを受けるとツータッチもしないうちにボールパスが放たれるだろう。なるべく距離を与えてボールを奪いに行こう。仮にドリブルで仕掛けてきたとしても慌てないことだ。想像以上に隙だらけのドリブルだろうから」

 守備の約束事もほとんどが体現でき、中盤は猪口の独壇場。インターセプトの『入れ食い状態』だった。


 前半はスコアこそ2-0のままだったが、素人目に見ても「和歌山負けないな」という雰囲気だった。

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