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それぞれの入れ替え戦~相川玲奈の場合

ひまつぶしに書きました。リーグ戦はもう暫しお待ちを

 和歌山県南部。本州最南端の潮岬の近くの串本町という小さな町。ここに新しく出来上がった総合運動施設、串本町サン・ナンタンランドの多目的グラウンドにて、なでしこリーグ1部7位のフェアリーレ豊橋と、2部2位の南紀飲料セイレーンズによる入れ替え戦、その第1戦が行われていた。


 南紀飲料セイレーンズは、和歌山県唯一の女子サッカーチーム。日本代表で本作主人公・剣崎龍一の幼なじみであるFW相川玲奈擁して、なでしこ昇格3年目にしてついに1部昇格のチャンスを得た。対戦相手の遠州石油フェアリーレは、静岡県浜松市を本拠地とし、1部在籍8年の実績を持つ。僅かながら代表歴を持つ選手が何人か所属しており相手にとって不足はなかった。


 試合前のロッカールーム。セイレーンズの面々はミーティングを受けていた。やっているのは対策の確認だ。

「向こうの攻撃はいたってシンプル。ボランチからのフィードやサイドからのクロスを1トップのシークリストに託して、シャドーの市川と水木が飛び出すわ。DFはラインを高めに保って、ボランチと連携してこの二人をマークして。なるべく外に追いたててバイタルエリアにいれさせないで」

 チームの指揮をとるのは、一昨年まで選手だった古川美穂監督。今シーズンから就任し、個性を尊重する采配で気心の知れる選手たちを動かしている。


「さあ、今日と来週の2試合は、うちらの歴史を動かす大事な戦いだよ!後悔だけはすんじゃないよ!張り切って行こうっ!!」

 そうやって檄を飛ばすのは最年長守護神の武藤千恵。勇ましい女性たちの声がロッカーに響いた。


「さーて頑張るか。さやか、今日もパス頼むわよ。あたしがゴール決めちゃうんだから」

 そう言って張り切るエース相川玲奈。司令塔で仲がいい佐伯紗耶香にいつものように要求する。

「玲奈あんたねえ・・・。今日はまず守備よ。向こうに相手ゴール上げるわけにはいかないんだから」

 そんな相川にくぎを刺したのは、今年からチームに加入したポストプレーヤー型のFW桂城弥生かつらぎ・やよい。何かと天然な相川の見張り役的な存在である。そこに佐伯がフォローを入れる。

「まーいーじゃん。玲奈はいつもこんな感じなんだし。アウェーゴールとられなきゃいいだけの話だし」

「そうかもしれないけど・・・」

「それに、地元で0-0で終わるなんてかっこ悪いと思わない?」 

 佐伯の言葉に桂城の顔つきが変わる。FWの性なのか、チームプレーに徹しようとしても、ゴールへの欲は尽きることはないようである。

「そういうこと。あたしだって監督の約束事を放棄してまでゴールを狙うつもりはないけど、どっちとも点を取るつもりよ。負けないからね」

 相川はそう桂城に指さして言った。


 そして選手入場の時間となり、両チームのスタメン22人がエスコートキッズと共に入場。そんな中、やけに野太い歓声がセイレーンズサポーターの中から出てきた。


「さあーっセイレーンズっ、一気に勝って昇格決めろよぉっ!!!」

 そう叫びながら、上半身裸にグラサンとマフラーといった、わりとよく見かけるコアサポーターのいでたちの男。筋骨隆々の体格で旗を振り回す男の声に、相川は反応した。

「げぇっ!!何であいつここにいんの!?」

「ねえ玲奈。あれって・・・」

 面識のある佐伯は相川に確認を取ると、その考えを肯定するように相川はうなづいた。一方、それを知らない面々は怪しげな男をいぶかしむ声が出る。

「なにあいつ。あんながら悪いの?」

「やけにやましいわね。気が散るじゃない」

「ありがたいやら迷惑やら・・・」

 だがよく見ると、見慣れない人間はその男だけではない。それを一望して武藤が驚いた。

「つーかあれ、アガーラの選手たちじゃない?」



 この日、女子サッカーチームを応援しようと、日程に余裕があり、自分たちの残りの戦いに鋭気にしようと、バドマン監督の指示でアガーラの選手たちが応援に駆けつけたわけだ。


「まあ、いまJ1は中断期間中だしね。時間に余裕がないとここにはこれないわね。頑張んなさいよ玲奈。カレ氏の前で恥かけないわよ」

「よしてよ、紗耶香。ま、ゴールを決めることには変わりないわ」

 冷やかす佐伯に照れ笑いを浮かべながら、相川はゴールへの野心を燃やした。


 開始早々、元日本代表FWが2トップを組むアウェーの豊橋が猛攻を仕掛けてきた。

 入れ替え戦ではゴール数が同点の場合、アウェーの地でより多くゴールを決めたほうが勝つ。ホームでの試合を有利にするためにも、アウェーゴールという土産を必死に奪いにかかる。


「サイドつられんなっ!コース塞いで!!」

 キーパー武藤が味方守備陣をそうコーチング。セイレーンズは初っ端からコーナーに押し込まれるような戦いを強いられたが、全員が自陣に引っこんでしのぐ。

「えいっ!」

 相川もセットプレーの際には、自陣のゴール前に駆けつけ、持ち味である高さと強さで何度も競り勝ちってクロスを弾き返す。オープンプレーでも相方の桂城とともに相手の最終ラインにプレッシャーを掛ける。

 だが、どうしても攻撃のシーンで輝けない。現役日本代表に対する相手の対策は万全。常に二人の選手がマークに突き、得点源である佐伯とのパスにも目を光らせて通さない。

「思った以上に向こうは警戒していますね。なかなか相川が自由にプレーできていませんよ」

 悲観的になるコーチに、古川監督はなだめるように言った。

「仕方ないわ。正直、前半を見る限り玲奈は今ピッチにいる選手たちの中でも頭一つ抜きんでているわ。監督としては失格かもしれないけど、玲奈を信じるだけよ。あとは周りの選手たちがどうフォローするかにかかってるわ」


「どうよ剣崎。お前のヨメさんはずいぶんモテモテだぜ?大丈夫か」

 栗栖の冷やかしに、剣崎は鼻で笑った。

「どうってことねえよ。玲奈は俺が尊敬できる数少ないFWだ。こんな状況でも点が取れなきゃウソってもんだ。・・・あいつは必ずやるぜ」

 剣崎はそうほくそ笑んだ。それを見て栗栖は苦笑いを浮かべる。

(自然とそう言いきれるなんて・・・。こりゃぞっこんってやつか?やっぱお互い似てんな)



 同じようなことを相川も感じていた。

(アイツが見てる前で無様な姿は見せらんないわ。あたしが世界一尊敬するストライカーに、ね)


 前半終了間際。相川は試合を動かした。アディショナルタイムが気になる時間帯で南紀飲料のセンターバック、キム・ソンミがインターセプト。ロングボールを前線に送り込み、桂城がそれを収めた。


「くる・・・。行くわよっ!!」

「え?」

 相川がそうささやいたのを聞いたDFは、一瞬呆気にとられた。マークに突いていたはずの相川は、たった一歩目のスタートでそれを振り切り、選手が密集するバイタルエリアに突っ込んだ。


「弥生っ!!」

 オフサイドかどうかギリギリのタイミングでの動き出しに反応した桂城は冷静につなぐ。受け取った相川は迷うとこなく右足を振りぬく。冷静な一撃がゴールネットを揺らした。



 ワンプレーで格の違いを見せつけた相川は、後半開始早々にもゴールを奪う。相手ボランチのバックパスを鋭い動き出しでカットすると、そのままドリブルを仕掛ける。滑り込んでくるDFをかわし、タックルしてきた相手を弾き飛ばし、さらにキーパーとの一対一の局面で一瞬フェイントを入れてから左足一閃。セイレーンズが一気に2点のリードを奪った。


「どうよバカ剣!!あたしすごいでしょ!?」

「ハッハァ!!それでこそ玲奈だぜ!!さすが俺のみこんだ女だっ!!!」


 お互いの大声のやりとりに、周りは思わず赤らめる。佐伯は苦笑を禁じない。

(やっぱアツアツじゃん。人前でよくあんなやりとりができるわね。・・・その図太さ、ほんと頼もしいわ)

 一方で桂城はただただ唖然とする。

(なんつーベタベタな・・・。あれもスケールの大きさかしら)

 そうあきれたときだ。相川は再開前、全員に語気を強めて怒鳴るように叫んだ。


「サッカーは1分あれば点がとれるんだよっ!!もっかい、こっから集中よっ!!」


 その言葉に桂城はハッとする。そして相川の凄みを理解した。


(やっぱ化け物ね、玲奈は。空気が緩みやすいタイミングでいい喝入れるじゃん。ほんとに負ける気しないわね)




「剣崎よ。おめーのヨメは最高だな」

「俺ができることをあいつができないわけがねえ。あんなの当然だろ?いいエネルギー、もらったぜ」




 相川の活躍もあり、入れ替え戦第一戦に勝利した南紀飲料セイレーンズ。勢いそのままにアウェーでの第二戦にも相川の1ゴール1アシストの活躍で勝利。

 和歌山県に初めてなでしこ1部リーグを戦うチームが誕生したのである。

次はシーズン中に移籍したあいつの入れ替え戦を書くつもりです。

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