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それぞれのPK戦

 残り数秒での同点劇に、スタジアムの熱気は高かった。ついに試合の決着はPKでつけることになった。持ち込んだ和歌山と持ち込まれた尾道。至った経緯は真逆だが、互いに意気は揚々だった。



「どしたの猪口グチ。見やすいとこから見届けなよ」

 ベンチの内村が、通用口に身を隠しながら、ピッチを覗くようにしている猪口に声をかける。

「いいですよここで。退場くらってるし、戦犯が表に出るべきじゃないですよ」

 遠慮する猪口を、内村は無理やり連れだし、メインスタンド下の通路に立たせた。

「責任感じてるならむしろ出てこい。お前が戦犯になるかどうかを、お前自身で見届けな」

 猪口の両肩を叩いて、内村はベンチに戻った。



『さあ。いよいよPK戦。これで決着はつきます。勝った方が決勝に進むことになります。山田さんどうなりますかねえ』

『うーんPKばかりは分かりませんねえ。キッカーとキーパーの駆け引き、あとは精神力の勝負ですねえ。相手の気持ちを折らせれば、優位に立てるんですがねえ』


 コイントスの結果、尾道サイドのゴール裏で、和歌山の先攻となった。尾道のキーパー蔵は、サポーターの思いを背にしてゴールマウス前に立った。


「うしっ!俺が派手にかますとするか。最初が肝心だかんな」

 和歌山の一人目は剣崎がいく。ハットトリックでノっているというのもあるが、和歌山のキッカー10人の中で剣崎が一番PKが下手だからというのもあった。度胸は据わっているが、相変わらず止まっているボールには力がこもりすぎてコントロールできないのである。


 しかし、今日の剣崎は一味違う。

(絶対グチを悪者にはしねえぞ。見てろよ)

 誰かの奮闘に報いるために結果を出す。美談だが試みた人間に打算があれば間違いなく悪い方向に向く。だが剣崎はこの点に関して、打算は一切ないからきちっと血肉となる。

 いつものように豪快に、それでいて程よく力みがとれていたシュートは、蔵のジャンプも及ばすゴール左上に突き刺さった。




 尾道の一人目はマルコス・イデ。かかるプレッシャーは大きいはずだが、イデはむしろこの局面を楽しんですらいた。

(俺が今まで対戦したキーパーで、このトモナリは一番の化け物だ。プレーオフへの景気づけに決めてやるぜ)

 そして対峙する友成に対してニヤリと笑って見せる。いつぞや荒川に聞いた友成対策。それは「目を逸らさないこと」だ。あえて笑って見せることで、イデは緊張を解いた。そしてシュートを右隅を狙って打つ。

「チッ!」

 友成は反応できたが、わずかに及ばず。尾道、きっちりついてくる。



 和歌山、二人目は栗栖。変に裏をかかず、シンプルに行こうと決めた。そして合図とともにゆっくりと駆け出した。同時に蔵も身構える。

(くるっ!)

(こっちだっ!)

 一瞬の駆け引きの結果は、栗栖が勝った。蔵が飛んだ方向とは逆、ゴール左隅に突き刺した。

「やるじゃん。レフティーが左に蹴るなんてけっこうムズイもんだろ?」

 茶化す小宮に栗栖は笑い返した。

「あれぐらいできねーで、わがままの多いエースの要求をこなせるかよ」

「ちげねえな」


 一方、尾道の二人目は山田が行く。ボールをセットする前、山田は小宮を一瞥する。

(・・・あの時はよくも言ってくれたもんだ。見てろよ)

 蹴る瞬間に思い出されたのは、シーズン前のプレスカンファレンス。その会場で小宮は尾道を罵った(「プレカンでバッチバチ」参照)。その借りを果たそうとしていた。


(首洗って待ってろよ、小宮。俺たちの意地を見せてやる)

 山田も友成の逆をついて決めた。イーブンのまま三人目に入る。


 まず和歌山は、ここで小宮を持ってきた。これにはスタジアムも放送席も驚いた。

『さー三人目のキッカーなんですが・・・和歌山は小宮が来ましたねえ』

『早い段階で栗栖小宮を使いますねえ。この後は大丈夫なんでしょうかね』


(この野郎・・・)

 蔵は小宮の挙動をくまなく見るが、小宮はそれをもてあそぶように視線を定めない。小宮が考えていることはたった一つだ。

「どうすれば・・・このキーパーに赤っ恥かかせれるかねえ」

 笛と同時に小宮は勢いよく駆け出し、ボールの手前で右足を振り上げる。

(くっ。シンプルに来るのか?)

 そして蔵が重心を小宮が狙うであろう(キーパーから見て右側)方向に重心をかけた瞬間。小宮はピタリと止まった。

「なっ!そこまで来てて・・・」と蔵が後悔した瞬間、時すでに遅し。右側に飛んでしまった蔵をせせら笑いながら、小宮は逆方向にボールを転がした。瞬間、尾道サポーターが陣取るゴール裏から大ブーイングだ。それを小宮は恍惚の表情で聞き入っていた。

「ククク。憎まれっ子の俺にゃ最高の喝采だ」


 対する尾道は谷本がセットする。彼はここで蹴るあたりに自分の境遇を振り返った。

 昨年入団した当初は10番を与えられたものの1試合のみの出場に終わり、一時は戦力外となった。しかし、正岡監督の鶴の一声で再び尾道でチャンスを得た。正岡監督にはもちろんのこと、自分に10番を与えるほど期待してくれた水沢威志前監督(現J3藤枝監督)への恩返しを誓っていた。


(本当だったら俺たちも今年はJ1に『いることができた』はずなんだ。今ここでまずは今までの詫びだ)

 谷本のシュートに友成は反応。ボールにも触る。が、谷本のシュートの勢いが勝り、ゴールネットを揺らした。まだイーブン。が、ここで和歌山が『奇策』を仕掛けてきた。


まさかPKで二話をまたぐとは考えてなかった

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