土壇場、そして修羅場
『さあ延長前半15分のキックオフですが、山田さんこのあとの展開はどう読みますか』
『もうお互い90分走り通してるんで、途中交代で入った選手がキーでしょうね。尾道なら深田、和歌山なら三上といった具合に。ただ、90分で動き回っててもまだ動ける選手もいるんでねえ。もうここは気持ちの勝負じゃないですかね』
放送席で解説者が尾道のキーマンに挙げていた深田。有り余るスタミナで再びサイドを活性化したかったのだが、思惑とは違って小宮にいいように遊ばれていた。
「くそっ!てめえガツガツ行くのはカッコ悪いんじゃねえのかよ」
「ああ。不細工な真似はやだね。だがそれ以上に、才能の差でねじ伏せるのが快感なんすよ」
「このやろ・・・」
マッチアップの度に、深田は小宮の『口撃』に逆上し、より荒々しく、別の言い方をすれば雑なプレーになり、仕掛けをことごとく潰された。加えて中盤の攻撃力に厚みを加えるはずだったイデのポジションチェンジは、イデにソンとの肉弾戦を引いる結果になった。コンディション、残りのスタミナ、持っているテクニックは互いに大きな差がないので互角な状況が続いたが、それはイデが「他に手が回らない」という意味でもあった。
一方で和歌山もなかなか攻撃がつながらない。栗栖、小宮が合間合間にキラーパスを放ち、剣崎、竹内、佐川がそれぞれ決定機を迎えたが、センターバックの粘りとキーパー蔵の奮闘でゴールを割らせないでいた。とりわけ蔵の的確なコーチングと何かに憑かれたようなセービングは、劣勢を強いられる尾道の選手たちを勇気づけた。2失点はしたもののできる限り、言い換えれば『人間の延長線上』のシュートはことごとく防いでおり、改めて蔵の頼もしさを表していた。やはり守護神は背番号1が担うべきものなのだろうか。
延長の前半は、大きな展開のまま終了。後半の15分をしのぐとPK戦となる。このころになると途中出場選手の動きも鈍くなっていた。
「くそったれ、調子に乗るんちゃうぞっ!!」
そう吠えて深田が大きく逆サイドにロングパスを放ったのは後半10分過ぎ。一瞬のスキをついて蹴りだされたボールは、竹田のキープを経て入れ替わった結木が仕掛けた。このとき和歌山はやや前掛かり気味で、裏を取られてしまった格好だ。
「しまった!」
「俺が止めてきますっ!!」
驚くチョンに猪口はそう告げて、結木を必死に追い、そして追いついた。互いに激しく体をぶつけ合う。
(くっ!すげえスタミナだ。ロボットなんじゃねえのこいつっ!)
それでも猪口の圧力に屈することなく、結木もドリブルを続ける。
(何としても止めないとっ!!)
時間もそう残されていない中、猪口は懸命に体を入れる。その時だった。
「がっ!!」
強引に身体を入れたことで、振り上がった猪口の右ひじが、結木の顔面を捉えてしまった。結木は顔を抑えて倒れる。そこに審判が笛を吹き鳴らして駆け寄ってきた。
『あっと、あーっと!結木倒れたあっ!レフェリーが駆け寄ります』
『ちょっとヒジ入っちゃいましたかねえ、やなとこで倒してしまいましたね、と、おー?』
『あ-っと猪口一発レッドだ!!まさかの一発レッド、退場だぁ!和歌山の選手たちがレフェリーの緒形さんに詰め寄ります。チョンと佐川が必死に抗議っ!』
『一発はちょっと厳しかなあ~。決してわざとじゃないんで。ただヒジ入りましたから・・・かねえ』
当然和歌山ベンチも大騒ぎ。バドマン監督も第4審判に抗議する。ピッチ上では、途切れ途切れではあるが、中継のマイクが拾うくらいの大声で和歌山サイドが抗議していた。
「今のレッドは厳しいでしょ!不可抗力ですよっ」
「競り合いの中での事故でしょ?なんで一発レッドなんですか。たまたま当たっただけで相手には何にもないでしょ」
チョンと佐川が抗議するなかで、両軍が次第にエキサイトしだす。
「オイコラちょとまてや。あんたその言い草おかしいんちゃうか?」
佐川の発言に深田がかみついた。
「まるでうちのチヒロがシミュレーション(されてないのに反則に見せかける反則)したみたいな言い方やんけ。おどれらこそいちゃもんつけんなや!」
「あぁ!?てめえこそうちの太一がわざとやったみてえな言い方じゃねえか!」
次第に佐川と深田はつめより、まわりの選手が止めに入る。レフェリーは二人をはがして注意した。
フリーキックの位置はほぼゴール正面。友成の前に壁が築かれるが、和歌山の選手たちにサンドされて竹田と山田が友成の視界に立つ。キッカーは桂城、谷本、イデの三択だった。
(誰が蹴ってくるか・・・・。ま、いいや。俺なら止めれるし)
友成は自然体を意識して構えに入る。レフェリーの笛が吹かれ、谷本が蹴る。合わせて壁がジャンプする。・・・竹田と山田以外は。そのずれが生んだ凹みを谷本のシュートが通過する。
(っ!!)
その瞬間だった。ややカーブがかかったキックは、凹みを通過する際、跳び上がっていたソンの肩をかすめて微妙にコースが変わる。それでも友成ははじき出す。だが横っ飛びで体勢を崩された友成に、こぼれ球を押し込む芳松のシュートには対応できなかった。
残り5分での逆転。ゴール裏の尾道サポーターは狂喜乱舞。選手たちも殊勝の芳松に次々と手荒い祝福をする。それを友成は忌々しげに見ていた。
「クソがっ!!」
ゴールから蹴りだされたボールは、すでにセンターサークルで待ち構えていた剣崎の足下までに届く。ボールを受けた剣崎は、心の中で誓った。
(あとちょっと、その瞬間まで猪口はみんなのために走りまくってた。・・・最後のプレーだけで悪役にしてたまるかよっ!!)
だが、歓喜の輪が解けて試合が再開した瞬間には、延長後半は残り3分を切っていた。常識的に考えて尾道の勝利はほぼ決定的だった。こうなると尾道は全員が自陣に引きこもって逃げ切り体勢に入る。カウンターに備えて竹田が1トップのポジションに立ち、芳松は強靭なフィジカルを活かすべく最終ラインまでラインまで下がる。これは正岡監督が指示したというより、選手たちが自発的に行動したもの。5バックとなった尾道のゴール前を、数的不利の和歌山が怒涛の攻めを見せる。体を張る尾道の選手たちの足や体にあたりなかなかゴールをこじ開けられないが、尾道もここへきて金星を期待するスタジアムの空気に、逆に身体が固まりクリアミスが続いた。
「落ち着いて蹴りだせっ!外に蹴りだして時間使えっ!!」
蔵が懸命にコーチングするなかで、和歌山がコーナーキックのチャンスを得る。既定の15分は過ぎているので、間違いなくラストプレー。クリアされれば、あるいはすれば即終了となるだろう。ゴール前に両軍の選手21人が集まっていた。
「誰か仕留めろっ!!」
祈るような思いで栗栖がボールをけりだす。まず大森がヘディングを放った。
「このぉっ!!」
が、これはクロスバー。一斉に選手が群がる中で、友成がミドルを放った。
「なんのっ!」
そのシュートを橋本が足を伸ばしてブロック。拾った三上がもう一度クロスを打ち上げる。
「太一のためにも、絶対追いつく」
落下点には走りこんだ竹内が、ジャンピングボレーでゴールを狙う。蔵は逆を突かれたが、空いていたゴールマウスの前に芳松がいた。胸でボールをブロック。あとはクリアするだけだ。
だが、蔵と芳松、そしてそのセカンドボールを拾いに来た山田との、エアポケットのような空間に落ちたボール。それに猛然と飛び込む男がいた。
剣崎だった。
さっきまでの豪快な2発とは対極といっていい、ただ一押しするだけのボール。
異常なほど冷静だった。
「よっと」
かかとでつんと一押し。それが蔵と芳松の間をすり抜けてネットを揺らす。その瞬間、ホイッスルが鳴った。




