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反撃のシグナル

「くそっ、こいつ」

 サイドでの激しい競り合い。尾道の右サイドバックの結木のドリブルを、後半からポジションを変えた猪口が潰しにかかる。耐えていた結木だったが、猪口の圧力に屈しとボールを失った。


「ちくしょう。やっぱあの圧力は厄介だぜ」


 起き上がって結木はそうぼやく。同じように、竹田も猪口に苦労する。

「うおっ!?」

 ドリブルをしているところに飛びついてきた猪口は、そのまま鋭いスライディングでボールを掠めとる。倒れた竹田は大きなジェスチャーでファウルをアピールするも通らず。忌々しげに猪口をにらんだ。

「このガキゃ・・・俺のスピードについてこれんのかよ」

「小さかったらそれなりに小回り利かなきゃダメでしょ。僕は足も長くないから、スライディングで奪うには、竹田さんより速くないとダメですからね」




 後半。放送席の解説者が予想したように、試合の流れは一旦はイーブンになった。しかし、ひとつ目に見える変化があり、尾道の攻撃が完全に停滞した。バドマン監督の期待通り、猪口が尾道の右サイドを分断したのである。結木、あるいは竹田がボールを保持すれば誘導ミサイルのように執拗にピッチを上下動してまとわりつき、あるいはそこに通そうとしたパスを素早くインターセプトする。常識外れの運動量と俊敏さ、そして判断の速いポジショニングでインターセプトを繰り返すボール奪取力、そしてそれに匹敵する運動量で援護する桐嶋との連携。前半あれだけ攻撃を生み出していた尾道の右サイドは完全に沈黙。左サイドのイデへの負担が大きくなり、かといって茅野はソンにつぶされたまま。中央も桂城が厳しいマークにあい、1トップの荒川は次第に孤立していった。

「太一・・・すげえな」

 ベンチに腰を下ろして戦況を見守っていた亀井は、ふいにそうつぶやいた。

 同じ五輪代表世代、プレースタイルも似通い、合宿では気の合う友人として行動した。

 韓国で開催されたアジア大会には、自分が選ばれ、それなりに評価された活躍もできたし、自分なりに手ごたえもあった。だが一方で「1クラブ1人」という制約の恩恵とも言えた出場で、今度その制約がなかった場合はどうなるかわからない。目の前のライバルの躍動に、凱旋後からはコンディションを崩したままでいる自分に無性に腹が立った。

「絶対にJ1に昇格あがってやる。J1であいつとリベンジマッチだ」



『くそっ!』

 何とか活路を見出そうとイデが鋭いクロスを何度も供給するが、それを交代出場の大森がことごとく跳ね返す。

『ちくしょう!これじゃあ俺がいくら攻め込んでも意味ねえぜ!』

 またも不発に終わった攻撃にイデは吐き捨てる。そんなイデに荒川がポルトガル語で返す。

『いいぞイデ、次は転がして来い!仕留めてやるぜ』

 荒川の言葉に、チョンは眉をひそめる。

「俺を振り切ろうってのか?」

「イカレそうな膝だが、あんたを振り切るぐらいはできるさ」

 

 そして後半10分過ぎ、グラウダー(地面を転がす)のクロス。

 荒川は一瞬の動き出しからチョンを振り切り、右足を伸ばした。

(当たれっ!!)

 ストライカーの執念というべきか、かすかにつま先にボールがふれた。多分ミリ単位の差だが、それが微妙な変化が生まれ、飛び出してきた友成がバク転気味に手を伸ばしたが届かなかった。


『荒川足を伸ばしたっ!これはどうかぁあ~入った~ぁっ!!!尾道っ!決勝に向けて大きな追加点っ!!!』


 尾道サポーターにとって憎らしい存在である友成が、地面に拳を叩きつける中で軽やかに弾みながら、ゴールマウスに転がるボール。


 尾道サポーターにとって至福の瞬間が目の前で繰り広げられた。





「やられたか・・・フフ」

「何がおかしいんですか?監督」

 その頃の和歌山ベンチ。バドマン監督は、おそらく不謹慎な笑みを浮かべ、松本コーチにとがめられる。

「いやなに、日本のサッカーというのは実に面白くてね。0-2というスコアが、反撃のシグナルになるのだからね。竹内」

「はい」

 すでにユニフォーム姿となり、戦闘態勢に入っている竹内に、指揮官は一言告げた。


「剣崎に伝言だ。『絶対にこじ開けろ』。これは君にも言えることだが・・・J1を席巻するストライカーコンビの神髄、魅せたまえ」

「任せてください」


「や~れやれ、いったい何回選手を引っ掻き回すんだいあんた?いちいち修正するこっちの身にもなんなさいよ~」

 竹内と交代してベンチに下がってきた内村が、バドマン監督にそう愚痴る。

「そうかい?ずいぶんと楽しんでたようだが」

「まあ楽しかったのは確かだけどよ、どうせならこっから先が楽しみたかったな~」

「ふふふ。そうか。それは悪いことしたね」


 陽気な指揮官とつかみどころのない選手との会話を、毛利と天野は違和感を感じながら見ていた。

「なんか負けてるときの会話じゃねえな」

「ですね。無邪気というかのんきというか。まあでも、宏さんの言うように、こっからのピッチは立ちたいっすね。友成怪我しねえかな」

「何気におまえひどいこと言ってねえか」




「ま、しょうがねえか。ホントなら90分ピッチにいたかったんすけどね」

 一方、同じタイミングで尾道も殊勝の荒川に代えて芳松を送った。ゴールの余韻に水を差された荒川は、口では理解を示していたが、表情はぶぜんとしている。特に目は『まだ俺はやれんだよ』と眼光が鋭い。

「許してくれ秀吉。だが、我々にはJ1昇格という最大の使命が残っている。お前の力はまだ使い切っていい状況じゃないんでね」

「わかってますよ。J1昇格で憂さ晴らししますよ」

 正岡監督の心情、クラブの悲願と比べれば、今よりも重要な戦いがある。それが分からないほど荒川は愚かではない。だが、同時に嫌な予感が漂ってもいた。


(剣崎だけでも厄介なのに、竹内がここで出てくるか。・・・お前ら、ここが正念場だぞ?のまれんなよ)

 仲間にそう託して荒川はアイシングのためにロッカールーム引き上げた。

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