しばしのけだるい時間帯
ボールが動くシーンを文字にしていると、つくづくこの作品は「漫画向けだな」と思います。
試合の最初のシュートは、和歌山のエース剣崎の豪快な一撃。2千にはどうにか届きそうな空っぽのスタジアムは、その余韻が残っている。
「去年一年しかやってないけど・・・、やっぱあいつは化け物だな。それじゃあこっちもギア上げていかないとな」
試合再開。蔵からボールを受けた右サイドバックの結木は、表情を引き締めて、仕掛けた。
尾道にとって、特に攻撃においては、イデと結木の両サイドバックの突破力は大きな武器となり、他クラブの驚異となっている。元々イデの存在は効いていたが、右サイドバックの人選が昨年は固定できなかったために、比重が偏りがちだったが、今季結木が完全に右サイドバックに定着したことで、両翼からバランスの良い攻撃ができるようになった。
昨年所属していた古巣との試合に、結木はとにかく燃えていた。
(これがチヒロかよ。だいぶ自分でがっつくな)
対応した江川は、結木の力強さに目を見張る。ぴったり食いついているが、結木はそれを振りきるだけの馬力と推進力が身に付いている。途中、竹田とワンツーをかわすと、そのまま右サイドをかけ上がる。
(小宮と宏さんが邪魔だな・・・イデさん上がってるか?)
ゴール前を見やって味方の状態を探るが、1トップの荒川にはセンターバックの二人が張り付いている。そう思ってファーサイドに視線を移すと、イデが手を上げていた。
(頼むっす、イデさん!)
結木の大きなセンタリングは、逆サイドのイデに届く。イデは一拍タメてゴール前にドリブル、桂城にパス。桂城はそのまま右に流し、竹田か思いきってミドルを放った。
『イデ桂城につないで桂城右に・・・竹田シュートっ!!っとバーを越えてった』
『いやぁいい攻撃でしたねえ。竹田も思いきりいいですね』
『山田さんちょっと竹田力みましたか』
『そうですねえフリーで受けたんですけど抑え効かなかったですかねえ』
前半は互いに結果は伴わなかったがインパクトのあるシュートを互いに打った。どちらの流れともいえない展開で10分経ったが、じわじわとその効果を発揮したのはあの奇策センターバックである。
「くそっ!」
「はい残念~」
桂城が荒川に向かってボールを浮かせたパスを出してみるが、内村が読み切って頭で友成に渡す。それを見て桂城は首を傾げた。
「くっそ~あの二人マジウゼえ。ちょろちょろパスコース切りやがってよう」
尾道としてはリーグ戦終盤で4連続ゴールと絶好調で全日程を終了した荒川の勢いに託してゴールをこじ開けたい肚だったが、荒川が自由に動けていても、供給源である桂城や茅野からのパスがまるで通らない。「チョンのプレッシャーが効いている」中で、「内村と小宮の守備範囲外」に、「荒川がゴールにつなげられるボールを供給したい」という難題を押し付けられている桂城にいつもの冴えがない。なんとか形になっているのは竹田と結木の右サイドぐらいで、左サイドの茅野に至っては完全に猪口につぶされていて、イデを活かせない状態が続く。
かといって和歌山もサイドに貼っている選手は実質桐嶋とソンの二人だけという状態で、もう一つ迫力を欠き、必死の上下動でスタミナを浪費する時間が続き、ロングボール主体の単調な攻撃が続く。互いに2本目のシュートを打てないまま時間は過ぎていき、開始から25分が経過した。
「さーてと。ポンコツのあっても飽きたし、ちょっと変化をつけるかね」
だらけた展開の打破を目論み、小宮がひっそりとポジションを下げる。チョンを背にボールを懸命にキープする桂城から、すりが財布をかすめ取るようにボールを奪ってドリブルを試みた。
小宮がドリブルを仕掛けるコースに亀井が立ちはだかる。
「やらせないぞ、コミ」
「ふん。10番対決と周りは煽るんだろうが・・・教えてやるよ。格の違いを」
「えっ?」
亀井と対峙した瞬間、小宮は巧みなシザース(またぎフェイント)を仕掛け、一瞬戸惑った小宮の股をキラーパスで抜く。
「あっ!」
虚をつかれた亀井の背後には栗栖がいた。半身の体勢で右足にボールをピタリと収める。
そして同時に剣崎が動き出した。
「剣崎!」
「やらすか!」
栗栖は反転と同時に左足からパスを放ち、止めにかかった谷本は一歩及ばず。糸を引くような鋭いパスが、シュートの体勢に入っていた剣崎の足元にきた。
「うおりやっ!!!」
剣崎の左足から放たれたシュート。これはクロスバーにはじかれたが、跳ね返りに佐川が頭から飛び込んだ。
『剣崎シュート!はクロスバー、佐川詰めたぁーっ!!キーパーパンチングぅっ!!!』
『い~や~ナイスキーパー!』
『佐川飛び込んでいきましたが蔵が反応ナイスセーブ』
『いやこれビッグセーブですよ?小宮の股抜き、栗栖のキラーパス、剣崎のシュート、全部流れる動きでしたからねえ』
続くコーナーキックのピンチ。栗栖から放たれたクロスボールに剣崎、橋本、蔵が群がり、そのこぼれ球に猪口、亀井、茅野、江川が飛び掛かる。拾えたのはソン。渾身のミドルがバーの上を超えていった。
前半は残り15分となった。
こういう展開がしばらく続きますので、みなさん頑張ってついてきてください。




