これは愚策か妙案か
『さて和歌山のメンバーなんですが・・・これは驚きましたね、山田さん』
『うーんこれはどうなんでしょうかねえ。ちょっと始まってみないとわからないですね意図が』
試合を中継するNHKBSの放送席。実況の勝川巧アナと、3クラブで監督を経験した解説の山田達郎も戸惑いを隠せないでいた。なぜか。
和歌山スタメン
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF3内村宏一
DF10小宮榮秦
DF7桐嶋和也
MF2猪口太一
MF4江川樹
MF17チョン・スンファン
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW11佐川健太郎
リザーブ
GK1天野大輔
DF5大森優作
DF26バゼルビッチ
DF32三上宗一
MF24根島雄介
MF35毛利新太郎
FW16竹内俊也
「・・・どういうことだ?小宮はトップ下ではないのか?」
尾道を率いる正岡忠満監督も驚きを隠せない。本来トップ下をはじめ攻撃的なポジションでプレーする小宮がセンターバックの位置にいるのだ。その相棒も比較的攻撃を得意とする内村が務める。二人に共通するのは、『プレスをかけない』プレースタイルだ。早い話、荒川は野放しに近い状態だ。
「これは、向こうは攻撃的にいくという合図でしょうか」
「いや、だとしても大森かバゼルビッチのどちらかは入るはずだ。我々の前線に高さがないのだから、尚更大森を入れて制空権を確保するものだ。私ならそうします」
佐藤コーチの展望を、若き戦略家である正岡監督は否定する。
「佐藤さん。バドマン監督は、よくこういう奇策を使ってくるんですか?」
「去年一年だけですが・・・端から見たらまともとは言えない采配を平気でする人ですね」
「・・・。まあいい。なら我々は我々のサッカーをして、奇策を愚策に落とすだけです」
そう言った正岡監督だが、内心もう一つ引っ掛かっていることがあった。
(ボランチ3枚か・・・。うちのオフェンシブハーフ(トップ下などいわゆる1.5列目。FWのすぐ近くでプレーするMF)を潰すつもりか・・・)
小宮、内村のセンターバックコンビの意図を理解できない正岡監督であったが、ボランチ3枚に対する危惧は当たった。キックオフ直後から猪口が茅野、江川が竹田を牽制できるポジションをとり、チョンは尾道の司令塔桂城を徹底マークにかかった。
「はは、光栄っすね。元韓国代表とデートとはね」
「軽いのは口だけで頼むぞ、若造」
「望むとこっすよ」
二人は早速火花を散らしていた。その一方で、尾道のエース荒川は、内心いらだっていた。
「お前らの監督にはなめられたもんだな。俺は古い時代の10番でも抑えられるってか?」
「ああ、全くだ。何が悲しくてあんたみたいな『ポンコツ』を相手にしなきゃならねえんだ?こっちが泣けてくるね」
「こらこらコミ。もっとポーカーフェイスで行きなさいって。ほんとのこと言ってどうすんのよ」
「・・・・」
何気なくひどい一言を言う内村に、荒川は表情を強張らせた。
ハイエース2台とバス3台(とその他交通機関)で遠路はるばる駆けつけた尾道サポーターも、このコンビには怒り心頭。「バドマンなめるなゴルァ!!」のオーラ全開で300人の声を集めてブーイングを飛ばした。
が、試合が始まると、荒川になかなかボールが通らなかった。
(くそ。あの二人いやなポジション取りやがって)
攻撃を司る桂城は、荒川に縦パスを出そうとするが、小宮と内村が、それぞれ嫌がらせのようなポジションをとる。決定的なパスコースは二人の守備範囲で、荒川も裏をとろうとする動きを見せるが、内村がのらりくらりとタイミングをずらさせる。
(荒川さんが裏に出れないから浮かせたパスも出せねえし・・・)
「ぼーっとするな!」
「ぐっ!」
迷っている桂城に、チョンが猛烈なプレスを仕掛け、桂城は一旦左サイドの茅野に預けようとする。
「もらいっ!」
「ぐわっ」
ボールが茅野に渡った瞬間、猪口が鋭いスライディングでボールを奪い、カウンターを仕掛ける。
『くそっ、させるかい!』
ドリブルを仕掛けてきた猪口に、尾道のサイドバック、マルコス・イデが奪いにかかる。猪口はサイドラインすれすれに逃げるが、それと入れ替わるように、オーバーラップを仕掛けたソンが猪口からヒールパスでボールをもらい、一気に中央にドリブルで切れ込んできた。谷本が止めにかかりタックルを仕掛けるが、凄まじいソンの馬力に返り討ちにあう。
「キンゴ(布施)っ、9番見張れ!橋本がかかれ!」
「オッケっす」
「うすっ!」
キーパー蔵のコーチングで尾道のセンターバックコンビが動く。ルーキー布施は、筋骨隆々の身体を剣崎に寄せる。
「すげえ筋力っすね!負けねえっすよ!」
対して剣崎はニヤリと笑う。そしてプロの先輩、J1得点王の貫禄を見せつける。ソンと一瞬のアイコンタクトをかわし、応じたソンは橋本をあざ笑うようにボールを浮かせる。ボールが橋本を越えた瞬間、剣崎は急加速。布施を振り切ってジャンプ。ゴールを背にして胸でトラップすると、そのまま反転してボレーシュートを放った。
ネットが激しく揺れ、歓声と悲鳴が上がったが、揺れたのはサイドネット。すぐさま落胆と安堵に変わった。
『いやあ今の剣崎のシュートは肝が冷えましたねえ』
『ちょっと剣崎選手体が流れましたかねえ、勢いよく相手DFを振り切ったんで。たぶんその場のまま打ってたら枠に行ったでしょうねえ』
放送席もため息まじりに剣崎のシュートシーンを振り替える。
(やべえな。今のまるで反応できなかったな・・・)
(なんて馬力だこいつ。ほんとに『潰す』つもりでいかねえと・・・)
キーパー蔵とDF布施は共に肝を冷やしていた。




