それでも海外興味なし
剣崎たちの復帰戦初戦となった、10月18日、ホーム紀三井寺での仙台戦。互いに詰めの精度を欠いてスコアレスのまま試合は進み、アディショナルタイムも目安の3分が目前に迫っている。
そんな中での和歌山のコーナーキック。芋を洗うように敵味方が密集するゴール前に、栗栖がクロスを打ち上げた。
「剣崎、頼む!」
大きくファーサイドにそれたクロスを、攻めあがっていた大森が懸命に頭で折り返す。
「任せやがれってんだぁっ!!!」
それを剣崎は相手DFを背負いながら跳びあがり、渾身のヘディングを叩き込む。これがゴールネットを揺らしタイムアップ。劇的勝利に1万人を超えるサポーターが大いに沸いた。
その翌日、和歌山に戻っての練習。クラブハウスに隣接する練習場には、大勢の見学者が集まった。中には「剣崎頑張れ」というボードを手にする者もいる。着ているレプリカも8割方が剣崎の9番だった。
「これが代表効果かねえ。ずいぶん剣崎のファンが増えたな」
トレーニング中、桐嶋は誰に言うでもなくつぶやく。これに猪口が反応する。
「まあ今ダントツの得点王だし、アジア大会でも結果残したからね。当然と言えば当然さ」
それに頷きながら、友成は小宮を見る。
「・・・・あんだよ」
「その性格が一見を遠ざけてんだな」
「黙れ。俺の良さは素人には分かんねえんだよ」
一方で、そんな観客にまじって、背広姿の外国人もちらほら見かけるようになった。
彼らは海外リーグのアジア地域担当スカウトだ。
今、冬の移籍マーケットにおける剣崎株価は、バブルレベルで膨れ上がっている。 アジア大会で知らしめた得点力はもちろんのこと、たった3年でリーグ戦100ゴールを達成しようとしている決定力は、無視できないレベルにある。『シュート以外が低レベル』『味方ありきのFW』『Jリーグのレベルが高くないから』という感じの否定的な意見も少なくないが、『パスを与えればどんな悪球でもシュートを打てる』『いついかなる時でも味方を鼓舞しゴールを狙い続ける』『行動に言葉を伴う闘将』などと魅力的に捉えるもあり、ブンデスリーガ、リーガエスパニョーラ、さらにはプレミアリーグのいずれも中堅格の倶楽部が動向を注視しているという。
そんな水面下の喧騒も、当の剣崎にはどこ吹く風であった。
「次の神戸戦でゴールを決めたら、早くもJリーグ通算100ゴールになりますね」
「そうっすねぇ。まあ俺はJリーグで400は取りたいと思ってるし、今はJ1の記録をさっさと塗り替えたいから、まだあんまり何も思わないっすね」
練習後、剣崎はJペーパーの浜田記者からインタビューを受けていた。
「でもほんと早いですよね。たった3年で、しかも史上最年少。剣崎選手ならではじゃないですか」
「まあ俺っつうか、和歌山ならではじゃないっすかね。今石GMも監督もゴールだけに専念させてくれてるし、周りも俺にパス出してくれるっすからね。たぶんこれからもしなきゃいけないけど、まずは好きなようにやらせてくれてる皆に感謝しかないっすね。それらあっての俺なんで」
剣崎はとにかく純粋だ。感じるままにプレーし、思うがままに言葉を並べる。そしてそれらには打算が存在しない。インタビューするたびに胸のすくような立ち振舞いに、浜田記者は好感を持っている。
ここで一つ聞いてみた。
「以前、剣崎選手はJリーグに強いこだわりがあると、ヒーローインタビューでもおっしゃってましたよね。アジア大会で日本代表として戦って、何か新しい発見みたいなのはありましたか?」
「・・・・。そうっすねえ・・・」
普段は即答が多い剣崎が、珍しく考え込む。少し黙ったあとにこう答えた。
「なんだろな。まあ、やっぱJリーグは捨てたもんじゃねえなとは思ったっすね」
「どういうところが?」
「内海とか近森とかJ2でもすげえやつはいるし、J1でも渡とか菊瀬、末守って感じで。海外いく人がいてもちゃんと実力者いるなって」
「その中でも『今のJリーグにはスターがいない』なんて声もありますが」
「そうなんすよ。だから『じゃあ俺が』って感じで俺みたいな若手が気合い入れてプレーしなきゃダメなんすよね。自分のことも大事だけど、Jリーグにいる以上はもっとサポーター以外の人へのアピールしてほしいっすね」
そして剣崎はJリーグに対しての愛着が人一倍強い。そんな剣崎に、浜田はさらに意地悪な質問をしてみた。
「じゃあ、剣崎選手はもう海外には興味ないんですか?アジア大会に出て海外と戦ったうえで、その考えは変わらないままなのかしら」
「なんか嫌な質問すね」
そう言って顔をしかめた剣崎だったが、これもさっきと同じように悩んだ末に答えた。
「まあ、去年の俺ならこのまま『ふざけんな!』って言ってるかもしんねえけど、やっぱ国際大会で戦ってちょっとは変化したかな。実際それなりに点も取れたんで。まあ、世界との勝負は代表の時だけでいいかなって感じっすかね」
「じゃあ、海外からオファーがあった時はどうするの?」
「そうっすねえ・・・まあ、海外は生まれ変わった時でいいっすよ。今はもうこのアガーラ和歌山で400ゴールすくことしか頭ねえし」
そう言って剣崎は締めくくった。




