試運転
天翔杯準々決勝。アガーラ和歌山は、すっかりJ2が板についてしまった、かつての名門ジェクユナイテッド千葉を紀三井寺で迎え撃った。
ミッドウィークのナイターにもかかわらず、紀三井寺陸上競技場には6千人ほど観戦者を集めた。
「剣崎ー!今日は点とってくれ」
「小宮!アジア杯終わったからって気ぃ抜くなよ!」
練習から引き上げてきた選手たちに、メインスタンドから声援が飛ぶ。今日の観客の多くは、二人の姿を見たくて来たようなものだ。特に剣崎は、大会出場選手の全体で2位タイのゴールを決めてきたのだ。改めて日本代表という肩書きは大きく、そこで結果を残したことの意味を、剣崎は声援から感じていた。
「やっぱ代表になってみるもんだな。見たことねえ奴も声かけてくれるな」
「結果を残してる間は、な。こういう連中は簡単に手の平を返しやがるからな」
剣崎のつぶやきに小宮は嫌みったらしく水を差した。
スタメン
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF6川久保隆平
DF5大森優作
DF35毛利新太郎
MF2猪口太一
MF4江川樹
MF10小宮榮秦
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
ベンチ
GK40吉岡聡志
DF7桐嶋和也
MF3内村宏一
MF17チョン・スンファン
MF28藤崎司
FW13須藤京一
FW25野口拓斗
スタメンに剣崎と小宮、そして竹内がアナウンスされるとサポーターはわいた。ひさしぶりにベストに近いメンバーとなったのだ。そしてその声援の大きさに、ベンチスタートの野口は気合いを入れた。
(声援が大きい・・・やっぱ負けらんないな)
「よう剣崎。いい顔してるな。韓国は満喫したか?」
「はん、言うじゃねえかトシ。おめーも1カ月バカンスしてたんだって?」
キックオフ前、センターサークルでボールをセットした和歌山の2トップは、互いを茶化すように声をかける。
「久々の日本だ。相手がJ2だからって、気を抜くなよ?」
「おめーも休みボケしてんじゃねえぞ?リーグ戦に向けてこいつらで“脚”試しだ」
そして互いに気合を入れ、キックオフのホイッスルとともにボールをけりだした。
試合は積極的に縦に攻める和歌山に、千葉はFW、MF、DFがそれ横一列に並んで三重の網をかけて待ち構える展開。和歌山はボールを持てるがパスコースを切られて「持たされている」状態。千葉はじりじりとポジションを上げ、カウンターのチャンスをうかがう肚だった。
何度か竹内が最終ラインの裏に飛び出してみるが、ベテラン山内率いる千葉のDF陣が慌てず騒がずオフサイドを奪って対応。序盤は五分の展開だった。
大体15分ぐらいまでは。
「ちっ。じれってえ連中だぜ。だったらぶちかましてやるぜっ!」
笑みを浮かべながら剣崎は、ペナルティエリアの外から右足を振り抜いた。
癇癪玉が弾けたかのような音とともに放たれた一撃は、弾丸ライナーでクロスバーに叩き込まれる。その40秒後には、左足からのシュートがポストを直撃。剣崎の「らしい」二発は、千葉の選手たちに微妙な影響を与えた。
「ふん。あのバカのミドルに腰が引けたか?そこ、穴になってるぜ」
この日は右サイドハーフで先発した小宮は、前線にふわっとしたボールを放り込む。同時に竹内が動き出す。一瞬の出足で最終ラインの裏に出た竹内の足元に小宮からのボールが収まる。千葉の選手たちはオフサイドをアピールするが時すでに遅し。
飛び出してきたキーパーと一対一となった竹内は、その駆け引きをあっさり制して・・・左サイドにラストパス。ぽっかり空いたピッチ上の空白に栗栖が入り込んでおり、そのまま利き足ではない右足で押し込んだ。
「やるじゃんクリ。いつの間に走ったんだ?」
「コミがお前にパス出した時さ。千葉の連中はお前の方向見てたし、オフサイドのアピールに気を取られて俺から目え切ってたからな」
そこからの千葉は、まるでたがが外れてしまった樽のように瓦解した。
警戒していた剣崎や小宮、竹内ではなく、栗栖という彼らにとって予想外の選手のデータになかったオフザボールの動きが迷いとなり、落ち着いてゾーンディフェンスで対応できていたのが、次第に選手を注視するようになり、引いては視線がばらつき始め、その隙間を小宮が突き始めた。
「そらよ。暴れてこい」
小宮からリースパスを受けたソンが、サイドから中央に向かってドリブルを仕掛ける。重戦車の如く止めにかかる千葉の選手を次々と弾き飛ばし、一気にゴール前にやってくる。千葉のキーパーはさっきのトラウマもあったが、頭から打ち消して果敢に飛び出してくる。これが当たった。シュートコースを詰められたソンは無理やりにシュートを放つが、キーパーはこれをはじき出す。
だがはじかれたボールに真っ先に飛びついたのは剣崎だった。
「こういうのがあるからゴール前じゃ最後まで気が抜けねえんだ!」
決してソンをあてにしていないわけではない。だが、人数が集中したり、キーパーとの距離が近いという事は、それだけはじかれる可能性が高い。だから最後まで気を抜かない。それがゴール前での剣崎の心構えだ。右足で突き出すように押し込んで追加点を奪った。
前半はそれで打ち止めだったが、後半に試合はまた動く。
「そらよっ!!」
バゼルビッチが欧州予選で帰国している今、友成のパントキックは脅威だ。それが追い風にも乗って剣崎のところに飛ぶと、剣崎はそれを右サイドに頭で流した。それにソンが反応していた。サイドバックの選手がアタッキングサードにまで走りこんでいるというのは、これもまた脅威だ。
ボールを拾ったソンは、じりじりとボールをキープしながら味方の上りを待つ。そしてファーサイドに走ってきた毛利が視界に入ると、そこを目がけてクロスを上げる。これを毛利は頭で折り返し、それを中央の剣崎が胸トラップ。そして豪快なボレーシュートをぶっ放した。これはポストに嫌われたが、跳ね返りを拾った小宮が地を這うミドルを放ち、そしてゴールに滑り込んでいった。
攻撃ばかり取り上げたが、決して千葉も反撃しなかったわけではない。しかし、ゴール前の大森と川久保のツインタワーがクロスを次々と跳ね返し、それでも枠に飛んだシュートは友成がはじき出したりつかんだり。
そして後半アディショナルタイム。ラストプレーとなったコーナーキック。
「うおぉっ!!」
途中出場の藤崎からのクロスを、同じく途中出場の野口がヘディングで叩き込み4点目。その瞬間タイムアップの笛が鳴った。千葉をかませ犬にした和歌山が準決勝に駒を進めたのであった。
「おおっ!」
その帰り。クラブハウスに向かうバスの車中。スマホで速報サイトをいじっていた桐嶋の声に全員の耳目が集まった。
「どしたカズ、相手どこだ?」
「こっちのカードの対戦相手は・・・ガリバと尾道の勝者だっけ。延長入ってたんだよな」
「順当に行きゃガリバだろうが・・・」
友成がそう言ったところで、桐嶋はなぜかドヤ顔で言った。
「そうはいかねえのがこの天翔杯さ。・・・・尾道が勝ったぜ。4-3で」
「4-3?あそこそんなに点取れるFWいたっけ?」
「向こうが退場者出して勝てたんだろ?」
「お前らね・・・俺の故郷を見下しすぎだろ」
偶然のように語る友成と小宮に、思わず野口は声を荒げる。
「で、経過わかるか?カズ」
せかす栗栖をなだめながら、桐嶋は経過のページを開いた。
「え~と、前半ガリバが2-0で折り返したんだ、櫻井の2ゴールで。で、後半頭から入った茅野が点取った後に、ガリバが新藤さんのPKで突き放した。あ、こん時PK与えた蒔田ってMFが退場になってる」
「尾道・・・10人でガリバに勝ったのかよ」
目を見開いて驚く猪口。桐嶋は説明を続けた。
「で、後半40分に亀井、45分に荒川さんが決めて延長に入った。そっからしばらく点が入らなかったけど、延長後半15分に御野さんが勝ち越し点。それでタイムアップだと」
説明が一段落して場が沈黙する。それを打ち破ったのが剣崎だった。
「ははっ!こいつは楽しみだっ!ガリバはまたリーグ戦で戦えっけど、今年のうちにまたあいつらと試合できんだから最高じゃねえか!」
「そうだな・・・。“先輩”として胸を貸してやろうぜ!」
続いて竹内も叫んだ。
中3日でリーグ戦が控える和歌山だったが、車中は尾道の話で持ちきりだった。




