実感。そして無念
完全アウェーという逆風で戦うはめになった、叶宮監督率いるリオ五輪日本代表。前半はほとんど韓国ペースで進み、呆気ないほどに2点を失ったものの、剣崎の常人離れしたロングシュートで1点を返した。その一撃とともに前半は終了。ビハインドが縮んだこともそうだが、それ以上にスタジアムを静まり返らせたという結果が、ロッカールームに引き上げた日本代表の雰囲気を明るくしていた。
「ずるいよ剣崎ぃ!あんなすごいのやられたら目立てないじゃんかぁ!」
殊勲の剣崎にまず声をかけた櫻井。が、それは称えているというより、先を越されたことに対する駄々だった。剣崎にある程度それをこねて、櫻井は小宮にも文句をつけた。
「えーくんもえーくんだ。なんでもっと俺にパスくれないのさ」
「あ?なんでかってか?気が乗らねえからだよ。FWはやっぱ9番だろ」
「んえぇ〜?何その理由ぅ。ヒデぇ、こいつひどくない?」
急に話を向けられた内海は、さすがに対応に困る。考えた末に「ま、まあな・・・」としか言えなかった。
叶宮監督がロッカーにやってきたのは、ちょうどそんなタイミングであった。
「あらぁ、なんか雰囲気『軽く』ない?あれだけボロボロにやられたのに」
いきなりの悪態に選手一同むっとする。しかし、叶宮監督は嘲笑を浮かべながら選手たちに行った。
「確かに球際の気迫はすさまじかったし、観客の応援もすさまじかったわ。でも・・・言うほど強くないんじゃない?韓国」
指揮官の言葉を理解できず思考が止まってしばしの沈黙。しかし、冷静に振り返ってみると、指揮官の言葉が的を得ていることに気付く。確かに球際のプレーは激しかったし、猛烈なプレスをかけるさまは鬼気迫るものがあった。しかし、言ってしまえば韓国の脅威はそれだけで、剣崎や櫻井が向こうにとっての危険因子であるはずなのに、二人はほとんどマークされることなく自由に動いていた。それに、最終ラインから内海や小宮を狙う縦パスは、実は結構通っていた。つまり、向こうは自分たちが思う以上に「動けていない」という事だった。
「ま、日本でも一番熱いサポーターが集まる埼スタやビッグスワンですら比べ物にならないくらいうるさかったし、韓国側も相当必死になっているわ。でもね、向こうだって、下手すればアタシたちよりも負けることに『怯えている』のよ?兵役制度とサポーターの声援のせいでね」
指揮官の指摘に、内海は思わず聞き返した。
「え?でも、監督。韓国の選手たちは、その免除をかけて必死になってるんじゃ・・・」
「そうよ?でもね、兵役制度はニンジンじゃない。負ければ2年を棒に振らなきゃならないのよ?勝ったら賞金、負けたら死、なんて賭け事あんたやりたい?」
叶宮監督の言葉に、内海は我に返る。ほかの選手たちもざわめきだした。
「確かに・・・そんな極端な賭け事はしたくねよな」と末守。
「たとえ方はあれだけど・・・それだったら勝った時のことより負けた時のことが気になるよな・・・」と菊瀬は頭をかく。
「リードを守りたいって心理状況にもなる」と渡の言葉に小野寺がハッとする。
「!・・・ってことは、剣崎のゴールで1点返して点差が縮んだから・・・」
「どっちかに重きを置きだす。つまり、バランスが崩れるってわけだ!」
内海がそのことに行きついたところで全員の表情が明るくなり、同時に叶宮監督はほくそ笑んだ。
「そゆこと。韓国は決して勝てない相手じゃないし、付け入る隙もある。前半はそれに気づいてほしかったのよ。・・・2点はとられすぎだけど」
一瞬目を据わらせた叶宮監督に肝を冷やした選手たちだが、すぐに監督の顔は明るくなった。
「これから後半のやることを教えて・あ・げ・る。しっかりオツムに叩き込みなさぁい。あと、これだけは絶対条件。『歓声に惑わされない』こと。あくまでも自分のできることに徹するのよ。いいわね!」
選手たちは力強く返事する。表情に韓国に対する苦手意識は消え失せていた。
そうして後半。硬さが消えた日本代表は反撃に転じる。
まずセンターバックの二人は相手のエースFWノを徹底してマークし、前線の収めどころを奪う。そして2トップの剣崎と櫻井が自由自在に動き回り、菊瀬、末守の両サイドハーフとのダイアゴナルラン(斜め方向に走りこむ動き)で韓国の最終ラインをかく乱。そこに内海のフィードや小宮のキラーパスがゴールへの道すじを作った。
だが、最後までゴールを割ることはかなわなかった。委縮するフィールドプレーヤーをしり目に、開き直った韓国の守護神アンが俊敏な長身長躯を活かして何度もファインセーブを見せる。これに勇気を取り戻した韓国イレブンが持ち味の球際の強さを再び発揮。互いに白熱の肉弾戦を繰り返し、そのたびに韓国の選手が優位に立った。
叶宮監督の実質的な初陣となったアジア杯は、連覇どころか準決勝にすら進めずに終わった。
やや尻切れトンボですが、とりあえず剣崎たちの戦いはリーグ戦に戻ります。




